幸せの定義


 街中がオレンジと黒とカボチャとお化けにあふれていたハロウィンが終わるなり、そんなイベントを忘れたみたいに今度は赤と緑のクリスマスカラーが埋めつくした。
 年末が近づくにつれて街は活気づき、まわりの友人たちも彼女がほしいと騒ぎだす。
 テレビをつければ、クリスマスプレゼントや、クリスマスの過ごし方の特集ばかり。それを横目にしつつ、そわそわしている間に冬の一大イベントは終了し、何も起こらないまま年が明けようとしていた。


 今日は朝からシャワーを浴びた。外出中は、氷が溶けた水たまりに足を突っ込んだ。夕方から風呂場を占拠し、いまは年越し蕎麦のどんぶりを両手で抱えながら、いっそここからでもスタツアできたら……とまで考えているあたり末期だ。
「ゆーちゃん、どうしたの。おかわり欲しい?」
 エビ天も麺もなくなったお汁のみのどんぶりを真剣にのぞき込む息子に、お袋がのんびりと問いかけてきた。
「いや、もうお腹いっぱいだよ。ごちそうさま」
 歩いて行ける距離のお寺から除夜の鐘の音が聞こえだした。テレビからも聞こえてきて、ちょっとした二重奏。
 もうすぐ今年が終わってしまう。
 あちらでも、年越しのイベントが行われているのだろうかと考えて、すぐに季節が同じとは限らないと思い直した。
 こちらでの一ヶ月が、あちらではどれだけの時間だろう。
「どうしたのよ、ゆーちゃんったら。さっきからぼーっとしたり、そわそわしたり。誰かと約束でもしてるの?」
「してないよ」
 約束をすることさえできないところにいるんだ。せめて、電話でもつながればいいのに。それさえ叶わないから、相変わらずおれは携帯電話を持つ必要性すら感じない。
「じゃあ、なーに? 恋の悩み??」
 年末のバラエティ番組に飽きてきたらしいお袋は、息子に絡むことにしたらしい。こたつの上のみかんの山を崩しながら、興味津々に聞いてくる。
「ぶっ」
 当てずっぽうか、それとも確信があるのか。なかなかに侮れない予想を聞き流して、おれもみかんを一つ手にとった。
 内容が頭に入ってこないテレビに目を向けてはみるけれど、お袋の言葉は止まらない。
「会いたいけれど、会えない人かあ。いいわねえ、若いって。もちろん、ママもまだ若いですけどね」
 白い筋との抗戦中、苦戦を察したお袋がおれの手の中からみかんを取り上げた。代わりに、きれいに剥かれたみかんが丸ごと押しつけられたので、ありがたくいただくことにした。
「ママはね、ゆーちゃん。新年を好きな人と一緒に迎えられることも幸せだけど、新年で一番最初に会いたいって思える人がいることも幸せで素敵なことだと思うな」
 一房、口に含んで噛みしめたら、口の中に甘さが広がった。
 まさかお袋とこんな話をすることになるとは思わなくて、気恥ずかしさでそちらをみれない。向けかけた視線は途中で落ちて、こたつの上で器用にみかんを剥いていく指先で止まってしまった。
「こうやって家族で過ごせるのも、あと数年ぐらいよ。大人になったらみんな新しく家庭を持つもの。だから、今日のところはママたちで我慢しておきなさいな。明日はみんなで初詣に行きましょう」
「うん」
 心だけ先にあちらの世界に行きかけていたのが、すとんと戻ってきたように感じながら、うなずいた。
 暖かい部屋で、家族でこたつを囲んで、みかんを頬張る。今の状況を改めてみると、これはこれで幸せなことかなと思う。
 相変わらずあちらの世界にいる彼に、会いたくて仕方ないのだけれど。
 会いたいと、向こうでも思っていてくれるのだろうか。
 そんな風に思い合える相手がいる、そう考えれば今の状況も幸福な気がして、温まった頬を冷やすためにこたつの天板へと押しつけた。


(2012.12.31)