ゆーたんの手が冷たい理由


2012/12 冬コミで配布した企画ペーパーより



 それは、ちょっとした悪戯心だった。

 ルッテンベルクの獅子なんてすごい名前で呼ばれていただけあって護衛のコンラッドは、気配にとても敏い。
 狸寝入りなんてすぐにばれるし、こっそり部屋を訪ねても向こうからドアをあけて出迎えてくれる。背後からそっと近づいたって振り向かれてしまうか、振り向かれなかったとしても突然飛び掛ったって驚いてさえもらえない。
 少しぐらい驚いてくれてもいいじゃないか。
 困らせたいわけじゃない。ただちょっとだけ、普段のさわやか笑顔以外の表情がみたいのだ。
 庭に面した石廊の前方にコンラッドの背中を見つけたおれは、辺りを見回し、良いものを見つけて口端を引き上げた。
 そーっとそーっと、足音をしのばせながら近づいてみる。コンラッドは振り向かない。でも、きっとおれの存在には気づいている。ついでに、おれが気づかれたくないってことにも気づいていて、振り返らずにいてくれているんだろう。そういうところまで気遣いができちゃう男だ、コンラッドは。良いか悪いかは別として。
 距離を縮めたおれは、最後の数メートルを残したところで足音をしのばせるのをやめ、勢いをつけて背後から飛び掛った。
「コンラッド!」
 伸ばした両手でいつものように飛びつくのではなく、彼の首に触れた。襟に隠れていない場所をねらって、ぴったりと手のひらを押し付ける。
「……っ」
 手の中の首や、目の前の肩がびくっと震えたのを確認して、にんまりと笑った。
「作戦成功」
 直前に、庭に広がっていた雪に突っ込んだ両手は、氷のように冷え切っていた。気配に気づいていたって、さすがにそこまでの予想はできないだろう。
「……陛下」
「陛下っていうなよ、名付け親」
「そうでした」
 彼の襟からのぞく首は、とても温かい。けれど、目的は達成したし、いつまでもこんな冷たい手で触れているのは申し訳ないので離そうとしたら、先に彼の手につかまってしまった。
 いつもは冷たく感じるコンラッドの手が温かいのは、おれの手の方が冷たいせい。
 背を向けたまま彼は、首からおれの手を離させた。でも、おれの手は相変わらずつかまったまま持ち上げられて、どうするんだろうと見守った先で、コンラッドは器用にもダンスのターンみたいにその場でくるんと振り向いてみせた。
「驚くじゃないですか」
「声さえあげてくれなかったくせに」
「それでも、驚きましたよ。こんなに冷やして、しもやけにでもなったらどうするんですか」
 驚きよりも心配を滲ませて、おれの両手をコンラッドの手が包み込んだ。剣だこや小さな切り傷の多い手で何度もさすられると、ちょっとくすぐったい。
「お湯でも用意しましょうか」
「大丈夫だって。心配症だな、コンラッドは」
 主導権を奪われた手が持ち上がって、コンラッドの口元に運ばれた。そのまま、温かい息がかけられると笑ってもいられなくなってしまった。
 温かくて、くすぐったい。けれど、それ以上に気恥ずかしい。
 引こうとした手は逃してもらえずに、今度は彼の両頬に押し当てられた。頬と大きな手に挟み込まれたおれの手は、さっきまでの冷たさなんて忘れて汗が滲み出しそうだ。
「もう、大丈夫だから」
「ダメですよ。まだ冷たい」
「誰かに見られたら……」
「温めているだけですよ。もう少しだけ、こうさせておいて」
 驚かせるつもりが、焦らされたのはこちらばかりだ。
 いつの間にか、石廊の冷たさなんて気にならなくなっていた。
 もういいだろう、もう少しだけ、何度目か分からないやりとりの末に取り返した手はすっかり指先まで温まっていた。手だけじゃない、頬も耳も、あちこちが熱くて湯気が出そうなぐらいだ。
「顔が赤いよ。風邪かな」
「……」
 違うと分かっていて、いけしゃあしゃあと何を言い出すのか。恨めしそうに見上げた先で、楽しそうに細められた瞳と視線がぶつかった。
 そんな笑顔にさえ、ドキドキしてしまうのだから、たちが悪い。
 ああ、もう。
「覚えてろよ」
 結局、いつもかなわない。
 次こそは、驚かせてやるとリベンジを心に誓えば、コンラッドはおれの内心を見透かすように楽しげに笑い声をあげた。


(2013.01.13)