Party Night
2013/05 スパコミで配布したペーパーより
パーティー会場となった広間には、華やかな音楽が響きわたっていた。
着飾った数百人の男女が入り乱れる中を、縫うようにして歩く。
探すまでもなく目的の姿を見つけたコンラートは、視線を外さぬままそっと壁際へと移動した。
本来の髪色を隠していても、周りの大人たちにうもれてしまうほどの身長でも、どうしてこんなにも目を引くのか。
やわらかなアイボリーのタキシードを身にまとった少年は、以前に苦手だとこぼした通りの表情で、パーティー会場の片隅にいた。
何故、一人きりなのか。共をすべきヨザックやヴォルフラムはどうしているのかと、つい表情が険しくなる。
グラスを片手に所在なげに佇む少年に向かって無意識に足を踏み出しかけ、我に返って元に戻したコンラートは、自らの行動に小さくため息をこぼした。
まったく、何をしているのかと自分でも思う。
慣れない礼服など着て、強制をされたわけでもないパーティーに参加をして。こうして、目的の姿を見つけたところで、立場が違いすぎる。話しかけることなどできるはずがないのに。
それでも、出ないという選択肢を選ぶことはできなかった。
こちらに気づいた彼の方から、近づいてきてくれるのではないかと、淡い期待を否定することはできずに。
やがて、演奏が始まった。少しずつ楽器の音色が重なり大きくなるにつれて、舞踏会へと移行する中で人々の動きも活発になる。
ざわめきにかき消されて音は聞こえなかったが、少年の手からグラスが落ちた。照明を浴びたガラスが、キラキラと輝きながら彼の足元で砕け散った。
床に視線を向けることさえせずに、何かに気を取られたかのように歩き出す少年を、考えるより先に視線が勝手に追いかける。
わずかに、壁につけた背が浮き上がった。
先ほどまでの不安そうな表情はどこにもなかった。花が咲くような笑顔を向けた先には―
鳴り響いていた音楽も、人々のざわめきも、すべてがかき消えていた。さながら映画のワンシーンだ。
少年が女性の手をとり、ゆっくりとステップを踏む。
右足、右足、左足、ターン。
以前教えた通りのステップだ。考えるよりも身体で覚えるタイプの彼のため、何度も共に踊った。苦手であると言いながらも彼は飲み込みがよく、教えがいのある生徒だった。
左足、左足、右足、ターン。
「お似合いね」
誰が言ったかもわからない。感嘆の声が耳に届き、拳を握りしめた。
彼らのダンスは続く。
曲はバラードへと移り変わり、少年は女性の手を引いた。
握り込んだ手のひらに爪を立てていたことにコンラートが気づいたのは、ずっとあとになってからだ。
腹の底が冷えていく。
会話の声は聞こえてこない。
他者を立ち入らせぬ親密な空気の中、彼らは何を語り合うのか。
なぜ、彼は笑っているのだろう。つい数時間前には雪の闘技場で泣き出しそうな顔をコンラートへと向けていた。必死に、コンラートだけを求めて手を伸ばしていたというのに。
そして―
なぜ、彼と踊るのが自分ではないのか。あの時、彼が伸ばしてくれた手をとることができていたら。
暗く、冷えきった腹底から沸き上がる不快感に僅かに顔をしかめたコンラートは、ありえない想像にさらに表情を険しくした。
まるで嫉妬だ。
浮かんだ単語に、自身でも驚きを隠せない。
なぜ嫉妬など。これではまるで……その先を考えることを拒否するように、コンラートは整えた前髪へと指を差し入れて崩した。
どうかしている。
きっと、もう二度と会うことはないはずだった少年と再会してしまった現実に、戸惑っているのだ。
「……」
小さく口の中で呼びかけた。当然、彼は気づくことはない。
それでもコンラートは、少年の姿を見つめ続けた。
視線を逸らすことが、できなかった。
(2013.05.06)