七夕小話
城の庭には、人だかりができていた。
一様に笑みを浮かべる集団の中心には、誰よりも生き生きと笑うこの国の王。
ぐるりと取り囲む参加者たちを見回した彼は、細長い紙の見本を片手に声を張り上げ、彼の故郷の古い風習の説明を始めた。
「晴れてよかったな」
配られた短冊に願いを書いた者から順に、特別に用意した笹へと取り付けていく。
早々に願いを書いたものも、願いを考えながら悩む者も、もがみな楽しそうだ。
「そうですね」
事前に飾り付けておいた細い紙を輪にして連ねた紙飾りと相まって、どんどん華やかになっていく笹を見上げながら語りかけてくる主へと、コンラートは頷いた。
「陛下は、どんなお願い事をしたんです?」
城の者たちが全員書ける量の短冊を用意する際に、おれの好きな色だからと青色を選んでいた彼は、どのような願いをしたのか。
「陛下ってゆーなよ、名付け親」
「そうでした」
尋ねられたユーリは文句を言いながらも楽しそうに笑い、高さのある笹の上の方を指差した。
「『ライオンズ優勝!』」
暗がりでよく見えないが、きっと指の先に青い短冊が揺れているのだろう。
「ほんとはさ、色々考えたんだよ。世界平和とか、みんなが楽しく暮らせますように、とかさ」
彼が数日悩んでいたことは、コンラートもよく知っている。
「でも、それって別に誰かにお願いすることじゃないだろう? 王様が頑張れば叶うことだし。だから、おれの力でどうにもならないことを祈ることにしたわけよ」
「なるほど」
なんとも彼らしい。
コンラートが向けた笑みをどのように受け止めたのか、ユーリは照れたように首の後ろを摩り、話題を変えようとした。
「そういうコンラッドは、何をお願いしたんだよ」
「俺ですか? 俺は『ユーリが健やかに過ごせますように』と」
彼が指したより少し下の辺りを指し示した。きっと彼が配ってくれた緑色の短冊が揺れていることだろう。
「なんであんたはおれのことを願っちゃうかなあ。コンラッドこそ、もっと違うこと祈ればいいのに。おれのことを願うにしたって、良い王様になりますように、とかさ」
「あなたは既に良き王です。願うまでもない。だから、これで良いんです」
本当は、彼と共にいられることを願おうとしたことを、コンラートは自身の胸のうちだけに留めることにした。
それは、彼の言葉を借りるならばそれは、自らが努力すれば叶うこと、だ。
空を見上げれば、星空が広がっていた。
闇の中、白いもやがかかって見えるのは、ミルキーウェイ。
空に向かって伸びる笹へと捧げられた願いの短冊たちが、やわらかな風に吹かれて揺れている。
「みんなの願い、叶うといいな」
「ええ」
誰よりも愛しい主の言葉に、コンラートは深く頷いた。
(2013.07.07)