ひとつオトナになりました


「おれ、一つ大人になりました!」
 久しぶりにやってきた眞魔国で、夜になるのを待って部屋を抜け出した。
 行き先は名付け親であり護衛であり恋人でもある男の部屋だ。
 部屋に入るなりいきなりの宣言に面食らったコンラッドは、すぐにお馴染みの柔らかい笑みを浮かべてみせた。
「おめでとうございます、ユーリ」
「うん、ありがとう」
「ギュンターに知らせたら、きっとすぐにでも大喜びで降誕祭の準備に取り掛かりますよ」
 去年の大騒ぎを思い出しているのだろうか、相変わらず浮かぶ笑顔はどこからどうみても名付け子の誕生日を喜ぶ名付け親のものだ。
「それだけ?」
 だから、つい聞いてしまった。
「もちろんプレゼントも用意してありますよ。あなたが十八になったことを教えてくださるのを待っていました」
「そうじゃなくって」
 おれが王様になったこの国では成人が十六歳だと教えてもらったのは、もうずいぶんと前のことだ。おれが育ったもう一つの国では二十歳が成人であり、その時はそんな若さで決めなければいけないのかと他人事のように感心をしただけだった。
 そんなおれも、気づけば十八歳。
 おれの育った国と、おれが治める国のちょうど中間。そろそろ、大人の仲間入りをしてもいいと思わない?
「どうしたんですか?」
 心配が色濃く浮かんだ瞳をキッと睨みつけ、おれは些か乱暴に彼の胸もとを掴んで引き寄せた。
「ユー、リッ!?」
 キスと呼ぶにはいささか甘さが足りない。ぶつかるような衝動は一瞬のみ。
 漫画やドラマで見たほどドラマチックではなかったけれど、おれの心臓は爆発しそうなぐらい大きく脈打っていた。
「だから、大人になったんだって」
 好きだと何度も告げて、気持ちを確かめあった。ほんの些細な眼差しにも仕草にも愛情を感じるけれど、恋人と呼ぶには物足りない。
 おれに合わせた学生らしい清く正しい交際もすばらしいと思う。そこには、おれへの気遣いだけではなく、おれの両親への気遣いも含まれている。おれが好きになったのは、そういう男だ。
 でも、そろそろ良いんじゃないかな。
「分かったか!」
 いつまでも子供じゃない。頬や髪に触れてくれる形の良い唇が、いつおれの唇に触れてくれるのだろうと、ずっと待っていた。
「……ええ」
 見上げた先の年上の恋人の表情は、片手で覆われて隠されていた。
 普段は見なくたって手にとるように分かる彼の表情が、自分自身の動揺と相まってこの時ばかりはさっぱり分からない。
 何か言って欲しくて、不安を抱えたまま見上げた先で、顔を覆っていた手が伸びてきた。
「ええ、ユーリ」
「コ、ン……っ」
 二度目のキスは、大人の仲間入りをしたばかりのおれには些か刺激が強すぎた。
 散々子供扱いしたくせに、嘘だ、詐欺だという苦情の言葉まで全て飲み込まれ、予定より三段ぐらい多く大人の階段を上らされたおれは、ギブアップを告げる余裕もないままノックアウトされ彼の胸に倒れこむこととなった。


 大人だとばかり思っていた彼が、ずっと我慢していたのだと子供のように大変さを語ってみせたのは、また別の話。



ユーリ陛下、はぴばー!


(2013.07.29)