日記の行方
※2013/08/10発行の同人誌『名付け親観察日記』の後日談です
「コンラッド、いるー?」
いつも通りの気安さで部屋を訪ねると、あると思っていた姿がそこにはなかった。
「あれ? 風呂か」
浴室から微かに水音がしたので勝手に待たせてもらうことにして、きょろりと部屋を見渡した。
いつもながらきちんと整頓された部屋はきっちりしているのに息苦しさを感じない。不思議な居心地の良さは部屋の主と同じだなと気づいて、自然と口許が緩む。
真新しいシーツのベッドに腰を下ろしたところで、サイドテーブルに置かれているものに目が留まった。
「あ、これって」
人のモノに勝手に手をつけるのはいけないことだと知っているが、たぶんコンラッドは怒らないだろう。
ユーリはそっと一冊のノートを手に取った。
「なにを見てるんですか?」
「日記」
浴室から出てきたコンラートは、突然の来客に驚いた様子もなく目元を和らげ、ベッドへと近づいた。
腰にバスタオルを巻いただけの姿をちらりと見たユーリが続きが気になったふりをしてノートに再び視線を落とす。
「ちゃんと服を着ろよ」
「失礼、一人だと思っていたので」
答えながらも着る気がないのか、隣へと腰を下ろしたコンラートの重みでベッドが僅かに軋んだ。
「懐かしいでしょう?」
「うん」
ユーリが手にしていたのは、ユーリが書いた日記だ。もう二年も前になる。
いつもお世話になっている名付け親へのプレゼントは何がいいだろうかと悩み、ヒントを求めて名付け親観察をしながら日記をつけてみたが、一週間ももたずに本人に見つかって終了してしまった。
「俺の宝物の一つです」
「おれにとっては黒歴史だけどな」
のばされた手が肩にかかる。ゆるく引き寄せられてもたれかかる体勢になると、文字の続きを追うことができなかった。
閉じたノートを膝に乗せ、表紙を撫でながら思い出すのは、二年前のこと。
名付け親で、護衛で、バッテリーで、親友、たくさんあったコンラートの肩書きに『恋人』が加わる前。
「続き、読まないんですか?」
「あんたが邪魔をするから」
当時ならば一緒に風呂に入ることだって平気だったはずなのに、じゃれあうのではない、別の意味で触れ合うことを知ってしまった今では目の前に晒された肌を見ることさえ気恥ずかしい。
「邪魔なんてしてませんよ」
ユーリの手の中から奪ったノートを、コンラートがパラパラと捲った。
六日分しか書いていない日記は先へと進み、あるはずのない七ページ目が示される。
そこには、コンラートの日記が書かれていた。日付は、ユーリの最後の日記と同じ。つまり、コンラートがユーリにねだったプレゼントである『名付け子とデート』の日だ。
そこには、名付け子と過ごした日の様子が事細かに記してあった。
「おれ、この頃は本当にあんたのことを、良い名付け親だと思ってたんだ」
「過去形ですか?」
「だって」
まさか、名付け親とこういう関係になるとは思ってもみなかった。いつから、恋愛になったのだろうかと考えながら、ちらりと隣を見れば柔らかく笑みの形を作る瞳の中に星のきらめきを見つけて心臓が跳ねる。
「この頃から、ずっとあなたのことが好きだったんですよ」
動揺を見透かすように近づいてきた瞳が、ユーリを捕らえ、爆弾発言を落としていった。
「なっ?」
「知らなかったでしょう?」
ユーリが自覚をしたのはもっと後だ。
この頃は、彼がたくさんの愛情を与えてくれるのは、ユーリが生まれた頃から知っている名前を与えた子供だからだと思っていた。
けれど、と思う。返された日記の表紙をもう一度撫でた。
この頃から、確かに彼は特別だった。だからこそ、必死になって日記まで書いたのだ。もしかしたら、名前がついていないだけで、その『特別』は今ここで心臓がうるさく騒ぐ理由に繋がっているのかもしれないと考える。
けれど、すぐに唇が触れ合って、ユーリは答えを探すのを放棄した。
(2013.08.19)