正しい包帯の使い方
「どうしたんですか?」
魔王の寝室のドアを開けたコンラートは、中の光景にぎょっとした。
部屋の床に散らばる白い布はところどころ朱に染まっており、その中央に座り込んだ部屋の主はどうしてだか服を身につけていなかった。
「あ、コンラッド。ちょうどいいところに!」
「ユーリ?」
「うん?」
こちらに気づいたユーリが振り返ると、包帯が一巻、膝から落ちて床へと広がっていった。
「怪我をしてるんですか?」
「いや、してないよ」
首を振る彼の表情はいつも通り元気そのものだ。
安堵と供に血の臭いがしないことに今更に気づいたコンラートは、どれほど自身が冷静さを欠いていたかに気づいて、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「すみません、驚きました」
「こっちこそ、驚かせてごめんな」
転がった包帯を引き寄せたユーリが、くるくると巻いていく。巻き終えた包帯を傍らに置いた彼は、コンラートを手招きして傍らへと座らせた。
「今日、ハロウィンじゃん?」
「ええ。グレタたちもそろそろ着替えが終わる頃ですよ」
もう少しすれば毎年恒例のハロウィンパーティーだ。彼の愛娘であるグレタをはじめ、貴族の子息子女がそれぞれに思い思いの仮装をしながら城中をまわりお菓子をねだる。
「毎年、吸血鬼っていうのも面白みがないからさ。今年は違うのにチャレンジしてみようかと思って」
「それで、この包帯ですか」
「そう、ミイラ。試合でけっこう怪我人が出るから包帯巻くのも慣れてるつもりだったんだけど、やっぱり人にするのと自分でするのじゃ違うな。うまくできなくて、あんたを呼びに行こうかと思ってたとこだったんだ」
ちょうど良かったと笑みを浮かべたユーリが、巻いて欲しいとコンラートにねだる。
それを受け、つま先を膝上に乗せたコンラートは手近な包帯とを手にとり、つま先から巻き始めた。
「信じらんねえ」
昨年とあまり変わらぬ仮装に身を包んだユーリは、不機嫌をあらわに唇を尖らせた。
傍らに立つコンラートとしては、ただ殊勝にすみませんと繰り返すばかりだ。
「あんたに頼んだのが間違いだった」
「俺以外の誰にさせる気ですか?」
「……そういうわけじゃないけど」
つま先から丁寧に包帯が巻かれていく様を満足そうに眺めていられたのは最初だけだった。
居心地が悪くなりだしたのは、包帯が膝を過ぎたあたりから。軽く巻いてくれればいいから、という注文は途中で解けてはいけないからと却下されて、太もものあたりは何重にも巻かれた。くるくると包帯がまわると同時に、内側の柔らかい肉をコンラートの手の甲が撫でていく。
つい仮装どころではなくなってしまったのは仕方ないことで自分は悪くない、悪いのはすべてコンラートなのだとユーリが主張してしまうのは、本心が半分に恥ずかしさ半分だ。
「もうミイラはしない」
「それは助かります」
なぜなのかと問う前に、コンラートが微かに笑った。
「正直に言うと、あなたが大怪我をしたのではないかと心臓が止まりかけました」
少し困ったようなそれは、自嘲を含んでいたのかもしれない。だがユーリに、部屋に入ってきた直後の彼の表情を思い出させるには十分な表情だった。
彼が決して冗談を言っているのではないと分かる。
「大丈夫だよ、コンラッド。おれには優秀な護衛がついてるから、簡単に怪我なんてしない」
「そうでした」
同じように吸血鬼の仮装をした優秀な護衛の髪へと手を伸ばしたユーリが、くしゃりと前髪を掻き混ぜた。綺麗に整えられていたオールバックが崩れたが、残念なことに彼を喜ばせるだけだった。
「行こうか」
「はい」
そろそろしびれをきらしたグレタたちが呼びに来る頃だろう。怒られる前にと二人並んで部屋を出た。
ハロウィンパーティーが始まる時間だ。
(2013.10.31)