朝のこと
※2013/12/29発行の同人誌『眠れぬ夜の過ごし方』の続きです
眠ってしまうのがもったいなくて、カーテンの向こうで空が白みがかっても、飽きることなく傍らのユーリを見つめていた。
規則正しい寝息を立てる健やかな寝顔は、まったく起きる気配がない。
ベッドに肘を付き、赤みの残る目許を指先で拭った。
そんなつもりはなくとも散々に泣かせてしまったそこには泣きはらした痕がしっかりと残っていて、痛々しい。
あと数時間もすれば起きる時間だが、何かよい言い訳が必要だろう。
「まいったな」
まだ子供だと思っていたのに。
喉元にでかかった言葉を飲み込んだのは、そうではないと気付いてしまったからだ。彼はもう子供ではない。俺が、彼を幼いと思い込むことで自身を抑えようとしていただけだ。
触れてしまったら、止められなかった。
触れるほどに艶を増す唇を何度も重ねて、滑らかな肌を撫で、甘い声を引き出し、追い詰めて、泣かせてしまっても止めてあげることができなかった。
熱に浮かされた全身が疼く感覚は初めての経験で。
「どうしようか」
ずっと欲しかったひとをようやく手に入れたと思ったら、満足するどころか愛しさが増した。
もっと欲しい。笑顔が見たい。触れたい。抱きしめたい。自分を見て欲しい。
抑える方法など忘れてしまった。
どんどん欲深くなる己を自覚して、苦く笑いながらも胸を締めるのは温かな感情だ。
目許を撫でた指先を頬に移した。まろやかなラインを撫でながら、ゆっくり眠らせてあげたい、けれど、今すぐに起きて欲しいと相反する感情がせめぎ合う。
「起こしてしまいましたか?」
頬に唇を寄せると、ぴくり、と瞼が動いた。一度、ぎゅっと閉じたあとで、重そうにゆっくり持ち上がる。
「んー?」
そして、瞼の下から何よりも美しい漆黒の宝石が姿を現した。
焦点の定まらない瞳がやがて俺を捉える。
その僅かの間に、昨夜の記憶が甦っているのだろう。うろたえ、湧き上がった羞恥心に頬を染め、やがて逃げ場を求めた彼は布団の端を頭の上まで引き上げた。
「オハヨウ」
くぐもった声の挨拶に、自然と笑みが浮かんでいた。いつもより掠れた声は、昨夜の名残だ。
「おはようございます」
布団越しに彼の髪に唇を押し付けると、布団の中の彼が更に縮こまる。
かわいらしい反応ではあるけれど、出来ることならば顔が見たい。
待ってあげられないのは、渇望するほど求めていたものを手にいれた喜びで、いつもより気が大きくなっていたせいかもしれない。
「顔を見せて」
布団ごと抱きしめて、頬を摺り寄せた。
甘えるように囁けば、布団の端から黒い頭が僅かに覗く。
「お願い、ユーリ」
続くおねだりに、もう少しだけ布団が下がる。
ようやく現れた瞳がまた隠れてしまわぬように覗き込み、額をあわせながら微笑んだ。
みるみるうちに顔を朱に染め上げる彼が考えているのは、きっと俺のことなのだろう。
そういう俺もまた、彼のことで頭がいっぱいだ。
逃げ場を失った彼は、怒りとも困惑ともいえぬ表情の末に、途方にくれたような顔になり、やがて何かを決意した様子で赤い顔のまま布団の中から伸ばした両手を俺の首に回して引き寄せた。
「コンラッド」
彼が呼ぶ。
「―」
何かと耳を傾けた先で、消え入りそうな声で続いた言葉に思わず目を見開いた。
「ユーリ? いま、なんて」
「知らない」
「ねえ、教えて、ユーリ」
「やだ」
二度目をくれるつもりはないらしい。
彼はだんまりを決め込み、引き寄せた俺の肩口に顔を埋めるばかりだ。どんな顔をしてそれを教えてくれたのかさえ見せてくれない。
だから。
「俺も、すごく嬉しかったです」
感じたことは同じだからと、今度はこちらが口にすれば、途端に怒った彼に髪を引かれた。
「聞こえてたのかよ!」
彼がくれる言葉なのだから、どんなことだって聞き逃すはずがない。
僅かな痛みさえも嬉しくて、お返しとばかりに抱きしめ返す。
「痛いですって」
「全然痛そうじゃないだろ」
ひとしきりじゃれあって、二人同時に吹き出した。
(2014.01.14)