まるで不意打ちみたいな


「何か悩み事ですか?」
 いつも通りに振る舞っているつもりでいたのに、どうやら失敗していたようだ。
 どうしてだか、彼にだけは隠し事ができない。
「え、いや……」
 しまったなと思う反面、そうしたさりげない気遣いが嬉しいと感じてしまうのだから、重症だ。
「俺でよければ話を聞きますよ」
 押し付けがましいわけではないのに、どうしてだか彼の申し出を断るのは難しく、気付けば巧みな話術でおれは悩みの理由を断片的にだけれど打ち明けさせられていた。



『すきなひとがいるんだ』



 おれの告白に、彼が扱う茶器がカチリと小さな音を立てた。
 けれど、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべて、控えめに「相手は?」と聞いてきたけれど、もちろん答えられるはずがない。
 あんただよ、なんて。
 だから、こんなにも悩んでいるわけなんだけど。
 いれてもらった紅茶には、最初からミルクと砂糖が入っていた。きっと相談用。これもコンラッドの気遣いで、こういう優しさの一つ一つに気付くたびに胸がぎゅうっとなる。
「告白は?」
「できるわけないだろ」
 考えただけで恐ろしい。振られるにきまっている。
 それでも彼はやさしいから、きっと今までどおりに接してくれるかもしれない。そんなのおれがいたたまれない。
「ヴォルフのことでしたら」
「そんなんじゃないよ」
「では、相手に伴侶や恋人が?」
「たぶん、いないんじゃないかな」
 いないと思う。いたらショックだ。
 半分ほどに減ったカップの中は白く濁っていて、底が見えなかった。
 ゆらゆらと揺らせば、中身が波打つ。
 このところのおれの心の中みたいだ。落ち着きがなく、そわそわしっぱなし。
「うらやましいですね。あなたにそんなに想われるなんて」
「そうかなあ。伝えてもふられるだけだから」
 彼の指先が、おれの肩に触れた。
 なんでもないふりをしても、たったそれだけの接触に心がざわめく。
 あんただよ。
 喉元まででかかった言葉を紅茶と一緒になんとか飲み込んだのに、おれは最後の最後で失敗した。
「俺だったら、よろこんであなたの手をとるのに」
 反射的に顔を上げてしまった。
 傍らに立つ彼が、おれを見る。そして、驚いたように目を見開いた。
 なにいってるんだよ、と笑うところのはずなのに、瞬時にからからに乾いた喉がひりついて言葉が出ない。
 冗談だったとしても、欲しかった言葉はこんなにもおれの動揺させて、バクバクと大きく脈打つ心臓から一気に全身へと駆け巡った血液が、おれの体温を跳ね上げた。
「……あ」
 どうしよう。
 否定すればよかったのに、それもできずに立ち上がる。
 ばれてしまった。
 どうしよう。どうすれば。
 ガタンと大きな音を立てた椅子が倒れたけれど、おれは構ってられずに逃げ出した。


(2014.02.01)