泡沫の夢
《女体化注意》
「急にどうしたんですか?」
「べっつにー」
いつもより少しだけ高い声は、言葉とは裏腹に不機嫌さを隠していなかった。
先ほどから壁を向いたまま、一向にこちらを振り向いてくれる気配がない。
「なにか気に障ることをしましたか?」
「してないよ」
否定しながらも頑なな彼−−いや今は彼女だ−−が、何に腹を立てているのか分からず、コンラートは途方にくれていた。
彼の瞳は本人の性格をよく現してとても素直だから、いつもならば多少強引に振り向かせてでも視線を合わせてしまうのだが、困ったことに今日の彼は女性であり、いつも以上にその肩のラインが頼りない。
『どうしよう、コンラッド。おれ、女の子になっちゃった!』
今朝、目が覚めたら身体が変化していたと泣きついてきた時には、困惑していたが怒った様子はなかった。
さすがのコンラートも焦ったが、直後にやってきた兄の賑やかな幼馴染こと赤い悪魔が原因であるとすぐに判明したので、まあいつものことかと苦笑いができる程度には落ち着いた。
いくらお腹がすいていたとはいえ毒女から食べ物をもらわないでくださいとお願いすれば、素直にうなだれる姿はかわいらしかったのだが。
果たして自分は、着替えて朝食をとる間に怒らせるようなことをしただろうか。
考えてみたのだが、いまいち原因が思い当たらない。
コンラートの沈黙をどう受け取ったのか、ユーリが怒りをもてあますように小さくため息を零した。
「なんていうか、慣れてるなと思って」
「定期的に実験台にされている兄を見ていますので」
「そうじゃなくって!」
てっきり着替えの準備に奔走して傍を離れることになったために、心細い思いをさせてしまったことかと思ったのだが。
彼の手が空をさ迷い、躊躇った後に僅かな膨らみを見せる胸元を掴んだ。
「その、あれだ。下着とか」
今の性別に合わせて用意させた下着は当然ながらユーリには初めて身につけるものだった。
膨らんだ自身の胸や、レースをあしらった下着に顔を赤くしたり青くしたりと途方にくれていた彼の代わりに、コンラートが手を貸したのだが。
「ああ。ブラジャ……」
「言わなくていいから!!」
悲鳴じみた声をあげる彼の顔は相変わらず見えなかったが、僅かに覗いた耳の色はほんのりと朱に染まっていた。
見ることのできない唇を尖らせているだろうか。
「なんかこう、あんたの過去を垣間見た気がしたんだよ。慣れてるなって」
まさかそんな理由だったとは。
「さすがに女性に下着をつけて差し上げたことはないですよ。せいぜい母上のドレスの背中のボタンを留めたぐらいかな」
夜の帝王などという不名誉な肩書きは時折彼の口から漏れることもあったのだが、どちらかといえば「女性にもてて羨ましい」という同性としての羨望にも似た感情を伴っていることが多かったのだが。
まさか妬いてもらえるとは。
背後からまわした腕の中。いつも細いと思っていた身体はいつも以上に細く、柔らかかった。
「嬉しいです」
「コンラッド?」
いつもより僅かに高い声が、戸惑いながらコンラートの名を呼んだ。
「女の子の方がいい?」
「いいえ」
そうではない。
ユーリはユーリだ。
「ただ、あなたが好きだなって再確認したんです」
普段とは異なる姿になったせいだろうか、普段とは異なる彼の気持ちを聞けたことがとても嬉しかった。
(2014.03.02)