主従の日!


 堅苦しい場は苦手だと主は言うが、護衛として傍で仕えるコンラートは改まった場が嫌いではない。
 もちろん、警備のために気をつけなければならないことは増えるのだが、それ以上に正装に身を包んだ若き王の姿を一番近い場所で見られることへの喜びの方が大きいのだ。



 式典を前に着替えを手伝うべく主の部屋へと向かったコンラートは、分厚い扉の向こうから聞こえてくる悲鳴に目を丸くした。
「どうしたんですか、陛下」
 聞き覚えのある声は、いままさしくコンラートが会いに行こうとしていた主のものだ。
 内側から扉を開けて、いざ部屋の外へと飛び出そうとしていた魔王陛下は、護衛の顔を見つけるなりへにゃりと泣きそうに顔を歪めた。
「陛下っていうなよ。ってか、遅いよ、コンラッド。おれ、もう少しでお婿に行けなくなっちゃうところだったよ」
 まだ寝癖をつけたまま。寝間着のボタンは全て外れ、脱げかけのズボンはどうにか手で押さえているという状況だ。
「何事ですか?」
「何事デスカ、じゃないよ。突然メイドさんたちが大勢押しかけてきたと思ったら、いきなり服を脱がされそうになってさ。さすがに若いお嬢さんたちの前で裸を晒せるほど、おれまだ自分の上腕二頭筋に自信がないっていうか」
 興奮した様子で訴えてくる主のズボンをとりあえず引き上げさせて、高貴な下着を隠させたコンラートは、扉の隙間からこちらを窺う仕事熱心なメイドたちへと苦笑を返した。
「あとの準備はこちらでやるから、下がっていいよ」
「かしこまりました」
 残念そうな表情が隠しきれていないながらも、しっかりと教育をされている彼女たちは恭しい一礼を残して去っていった。
 まさに台風一過。残ったのは、暴風にさらされたかのようなボロボロの魔王陛下とコンラートの二人きりだ。
「コンラッドが来てくれて助かったよ。おれ、もうどうしたらいいのか」
「彼女たちは、陛下の着替えの手伝いをしようとしただけですよ。今日は式典ですからね」
「そんなこと言われても、若い女性に着替えを手伝ってもらうっていうのはちょっと」
 年頃の少年らしい純粋さで頬を掻くのは、ごく普通の家庭で育った故だ。王という立場からすれば間違っているのかもしれないが、コンラートの目には好ましく映る。
「慣れないと、これからずっと困りますよ」
「いいよ、ずっとコンラッドに手伝ってもらうから」
 着替えに限らず過剰な世話を好まない主の口から飛び出した意外な言葉に、コンラートは俄かに驚き、そして破顔した。
「はい、俺でよければ喜んで」



「どうしよう、コンラッド。魔王陛下のお言葉って何を言えばいいワケ?」
「原稿はギュンターと考えたんでしょう? 忘れてしまったなら、あなたの言葉をそのまま伝えればいいんですよ」
 トイレだの喉が乾いただの落ち着かない様子の主を宥めているうちに、式典の開始が告げられた。
 静寂に包まれた広間の壇上には、主役でもある魔王陛下の姿がある。
 持ち前の度胸を生かして、あれだけ泣き言を言っていた少年は、今はしっかりと前を向いていた。
 立派な姿が誇らしくもまぶしくて、同時に彼の傍に立てる自身に喜びを感じながらコンラートは、この国を背負う背中を見つめた。


(2014.04.10)