兄と弟


※2014/05/03発行の同人誌『恋を知る』の続きです



 兄の部屋に呼ばれるなんて、珍しい。しかも、魔王陛下が眠ったあとで、などという注文付きだなんて。
「お前は小僧に甘すぎる」
「そうかな?」
 部屋に入るなり飛んできた兄の小言に、コンラッドは小さく笑った。
 別に馬鹿にしたわけではない。ただ、想像通りの用件だったことが楽しくて。
 鋭い眼光で睨まれるが、生憎コンラッドには効果がなかった。睨んだ本人も分かっているのだろう、眉間に深い皺を刻んだまま小さく咳払いをしてから言葉を続けた。
「それで、どうなんだ」
 スヴェレラで魔笛を見つけてから早数ヶ月。
 砂熊の巣穴に落ちた弟を助けるために魔王陛下を兄と二人きりにしてしまったことを悔いたこともあったけれど、今ではあれは良い機会だったのだとコンラッドは思っていた。
「何がだい?」
 何一つ具体性のない問いかけに対して、意味がわからないと首を傾げれば、兄の機嫌は悪くなる一方だ。
「コンラート」
「ああ、陛下のペン胼胝のことかい? あれならギーゼラにみせたからすぐ良くなると思うよ。ただし、執務はほどほどに。休ませないと治るものも治らないからね」
「誰が胼胝の話など」
「あれ、違ったかい?」
 昼間、執務に煮詰まった魔王陛下をペン胼胝を理由に連れ出した。
 執務室にいた誰もが嘘だと気付いていただろうが、午後の執務を丸々さぼった魔王陛下に対しても、城下へと連れ出したコンラッドに対しても、宰相閣下からのお叱りはなかった。
 地球に戻れないことに対して不安と焦りを感じる少年を心配しているのは、誰もが同じなのだ。
 もちろん、宰相である彼は国を想い、王として眞魔国で生涯を過ごすことが望ましいと考えているだろうが、それと塞ぎこむ王を心配することは別問題だ。
「彼は大丈夫だよ、グウェンダル」
「どうしてそう言える?」
「彼が魔王陛下だからだ。きっと、すべて良い方にいくさ」
 具体的な理由などなかった。コンラッドの胸にあるのは確信だけだ。
 自分たちが戴いたのは、どんなに辛い運命が待っていても、すべてを乗り越えるだけの強さを持った王だ。
 そして、幸運にも自分たちは彼を助けることができる立場にいる。
「そうか。ならいい」
 しばらく考えた末に、グウェンダルはもう一度「そうか」と呟いた。
 彼自身、戴く王に対して何らかの感じるものがあったのだろう。
 それ以上、会話を続ける必要はないと判断して、コンラッドは踵を返した。


「グウェン」
 部屋を出る前に、親しみを込めて兄の名を呼んだ。
 大切な言葉を伝え忘れていた。
「ありがとう」
 何に対してかなど、言葉にする必要はないだろう。
「お前に礼を言われる理由などない」
 以前の兄ならば、コンラッドを呼び出すことはなかった。仮に呼び出したとしても、待っていたのはきつい叱責だったはずだ。
 どちらにせよ、こんな気持ちになれることはなかったはずだ。
 苦虫を噛み潰した表情にますます楽しい気持ちになりながら、コンラッドは兄の部屋を後にした。


(2014.05.08)