主と従
こちらへと近づいてきたユーリの様子がいつもと異なっていたので見守ることにしたコンラッドは、目の前までやってきた彼の行動に目を見開いた。
広げられた彼の両腕が、どうしたことか今は自身の背に回されているではないか。
「ユーリ?」
コンラッドの胸に顔を埋めるユーリへと、控えめに声をかけた。
歓迎すべき状況ではあるのだが、いかんせん意図が見えない。彼の纏う雰囲気に、恋人同士の見せるような甘さはなかった。
「うーん、なんか違う」
聞かせるというよりは、独り言のように呟きが聞こえた。
背に回っていた手が肩口から腰にかけて、何かを探すように這い回る。
「どうしたんですか?」
とりあえず同じようにと目の前の彼の背へと両腕を回すと、弾かれたように顔が上がった。
「え? あ、えっと」
間近から見上げてくる黒い瞳と、ようやく目が合った。
まるでたった今こちらの存在に気付いたように、彼の顔色がかわって慌てだすものだから、コンラッドもますます彼の行動がわからなくなってしまう。
離れようと胸を押す彼を逃がさぬように、腰を引き寄せれば仰け反るような体勢でユーリが更に慌てだした。
「急にどうしたんですか? 俺としては大歓迎ですが」
普段から近い距離にあるけれど、ここまであからさまに密着することは珍しい。
ましてや、彼の方からだなんて。
どうしたのかと近い距離のまま理由を問えば、答えるまで離してもらえないことを理解したのだろうユーリは気まずそうに口を開いた。
「今日、メイドさんとぶつかりそうになったのを助けてくれたじゃん?」
言われて思い出すのは昼間のこと。曲がり角での出会いがしらの衝突事故未遂だ。
言葉にしていては間に合わないと咄嗟に前を行くユーリの腕を引いた。強引だったためにバランスを崩した彼をそのまま抱きとめたのだが。
「さっと抱き寄せてさ。それがかっこよかったから、おれもやってみたいな、なんて」
そして今、実践をしたというわけか。
目の前には彼の横顔。視線は何もない壁に固定されていたが、明らかに意識はこちらへと向いていた。
「それはどうも」
かっこよかった、という嬉しい評価に対して例を言うと、どうしてだか彼は不満そうに眉根を寄せた。
「もういい。離せよ。おれがやったって、あんたに抱きついてるようにしか見えないってわかったから」
悔しさと照れの混じった主張をされたところで、腕の中から逃れようとするかわいらしい恋人を簡単に逃してやれるはずがない。
いつまでも強情を続ける横顔の、微かに朱に染まった目元へとコンラッドは唇を押し付けた。
(2014.05.08)