彼がいない間のこと2


「どうした、ユーリ。腹でも痛いのか?」
「違うよ」
 窓の外を眺めたきり珍しく黙り込んだ婚約者へと、ヴォルフラムは声をかけた。
 外は生憎の雨だ。もう三日も降り続いていると彼は嘆いているが、それは彼がこちらの世界へ来てからの日数で、本当は今日で五日目になる。
 雨季なので雨が降るのは当然だが、さすがにこんなにも降り続くのは珍しく、そろそろ山道の土砂災害を警戒しなければと上の兄と王佐が相談を始めたところだった。
「コンラッドも足止めくらってるんだろ? 大丈夫かなと思って」
 コンラート−−下の兄が国境に視察に出たのは一週間前のことだ。
 魔王陛下帰還の鳩は飛ばした。魔王陛下の護衛という本来の仕事もある。
 すぐにでも城に戻ってきたいだろうが、生憎の雨で峠を越せずに足止めをくらっているという返信が、先ほど届いた。ついでなので麓の村の防災対策を手伝う、とも。
「心配など無用だろう」
 もっと過酷な旅路の経験もあるコンラートのことだ。この程度の雨で困るはずがない。
 雨があがればすぐに戻ってくるのだから、ユーリが心配することなど何もない。
「ヴォルフって、なんだかんだでコンラッドのこと信頼してるよな」
 慰めるつもりの発言に返された予想外の言葉に、ヴォルフラムは目を丸くし、それから不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「馬鹿なことを言うな。なんでぼくがあんなやつのことを信頼しなきゃいけないんだ」
 信頼などしていない。
 ただ上の兄が言っていた。毎年、水害の出る地域だから偶然にもコンラートの隊が居合わせてよかった、と。
「ぼくはただ、仮にもぼくの兄を名乗るあいつが、こんな雨ごときでどうにかなるような情けない男では困ると言っているだけで」
「はいはい。ったく、素直じゃないなあ」
 ヴォルフラムの言葉を聞いているのかいないのか、ユーリは雨雲の広がる空を見上げて「早く止まないかな」と呟いた。
「おい、聞いているのか、ユーリ!
「うん、コンラッド、早く戻ってくるといいな」
 まったく、とヴォルフラムは思う。
 こんな雨が降り続くせいで、自分が隣にいるのにコンラートの話を出されるのは、おもしろくない。
 次にユーリがこちらの世界へ来たらでかけようと言っていたピクニックだって、雨のせいで出かけられずにいる。
 本当に腹立たしい。
「雨、早く止まないかな」
「そうだな」
 腹立たしいことだらけだ。
 だから、ヴォルフラムは頷いた。



 早く雨が止むといい。


(2014.05.31)