もしものはなし


 異なる世界で生まれ育った彼にとって、自分自身が一番の理解者であるとコンラッドは自負していた。別に驕っているわけではない。そうなりたいという願い、常日頃から彼に寄り添おうと努力をしてきた結果である。
 理解しているつもりでも時折コンラッドを驚かせる少年は、今夜も突然にコンラッドの部屋を訪ねることで、コンラッドを良い意味で驚かせていた。
 そして。
「もし、もしもだよ?」
「どうしたんですか、陛下」
「陛下ってゆーな、名付け親」
「そうでした」
 ぐっすり眠れるように、今夜はハーブティーを用意した。彼はあまりクセのある味は好きではないので、なるべくあっさりしたものを。
 熱いから気をつけてと、彼の前にカップを差し出した後で、コンラッドは彼の傍らへと腰を下ろした。
 増えた重みの分だけ、ソファのクッションがやわらかく沈む。沈んだ方へと僅かに傾いた体は、そのままコンラッドの肩へと触れて心地よい重みをもたらした。
 紅茶ではなくこちらを見つめる視線に気付き、コンラッドは緩く首をかしげた。
「それで、ユーリ。こんな夜更けに、どうしたんですか?」
 もちろん、何時だろうが彼が相手ならば大歓迎なのだが。
「ああ、そうそう。聞いてみたいことがあって」
「俺で分かることでしたら、なんなりとどうぞ」
 彼からの質問ならば、どんなことでも答えてあげたいが、はてさて。
「ヨザックって、コンラッドの親友だろ?」
「親友という言い方が当てはまるか分かりませんが、まあ、長い付き合いですね。腐れ縁と言いますか」
 親友などと呼ぶほどの親密さは持ち合わせていないが、質問の内容に関係ないだろう。
 予想のしなかった名前に面食らって瞬きをしたコンラッドは、続く問いかけに、文字通り固まった。
「うん、まあ、仲の良い相手なわけじゃん? 友達だと思って付き合ってきたヨザックから、ある日突然、告白されたらどうする?」
「は?」
 ヨザック、から、告白?
 それは、過去の悪行についてだろうか。今のユーリより小さい頃はよくやんちゃをしたもので、一緒に叱られたことは数知れず、いまさら驚かされるような内容はなさそうだが。
 ならば、あいつが趣味と実益だと言っている気持ちの悪い趣味についてか。だが、そちらはまったく隠されていない。
 では、何を?
「何の告白ですか?」
 会話の意図が見えないコンラッドの困惑が伝わったのか、ユーリがソファの背に深くもたれかかった。まるでコンラッドが鈍いとでも言いたげだ。
「愛の告白に決まってるだろう。ったく、夜の帝王のくせに」
「ありえませんよ!」
 考えただけで恐ろしい。ぶるっ、と身震いをしてみせたコンラッドをみて、ユーリが背もたれから身を起こした。
 近い距離で見上げてくる漆黒の瞳は、大きくて丸い。興味津々といったところか。
「だから、例え話だって言ってるだろ?」
 例え話と言えどもご遠慮願いたいが。
 頭でも打ったのかと医者にみせるか、それとも殴って正気に戻すか。咄嗟の反応としては後者になりそうではあるが。
 そこまで考えたコンラッドは、結局はずるい答えを用意した。
「そういうあなたはどうなんですか?」
「へっ、おれ?」
 きょとん、と丸い瞳がさらに丸くなる。覗き込むようにして変化を見つめれば、ユーリはうろたえたように、僅かに身を引いた。
「陛下にとっての親しい友人……例えば猊下でしょうか。もし告白されたらどうします?」
 それとも、既に猊下か、あるいは他の親しい者からそういった告白を受けているのか。
 表情がつい剣呑なものになりかけるのをなんとか堪えたコンラッドに、幸いにもユーリは気付いていないようだった。
「村田? それこそないって。あいつは女の子の方が好きなの! 今度の夏休みだって、またM一族でバイトしようとか言い出すしさ。今年こそ夏の海でかわいいギャルの彼女作るって張り切ってたぜ。ギャルってなんだよ、ギャルって」
 では、あなたは? という喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
 ヴォルフラムからの求愛を、男同士は無理だという理由でかわしている彼の選択肢に、同性は入っていない。それ以前に、コンラッドは彼にとっては保護者のようなものだ。
「そうですか。でも、例え話としてですよ。ユーリが言ったんじゃないですか」
「ああ、そっか。そうだなあ」
 コンラッドがまだ回答をしていないことに気付いているのかいないのか。自分がした質問なのだから自分も答えるべきだと自然に考える素直な横顔を見つめて、コンラッドは目を細めた。
 いつか、彼から恋の相談を受ける日が来るのだろうか。
 寂しさとも苦さとも言いがたい、黒い感情が胸に渦巻く。果たして、彼にとっての最良だと思える回答を用意してあげられるだろうか。考えてみるが、コンラッドには自信がなかった。
 天井を見上げて腕を組んだユーリは、いまだ思考の中。コンラッドの小さな悩みに気付きはしない。そして、うーん、と唸り声を何度かあげたあとで、ようやく結論を出して、コンラッドへと向き直った。
「話は聞くと思う。その後で、そういう風には見られないから、ごめんって言うかな。たぶん、これまでもこれからも、おれにとって村田は友達だから、ずっとそうでいて欲しいってお願いするよ」
 これでいいかと、見上げる視線が問いかけていた。
 彼らしい回答を受けて、目の前の少年の頭へと手のひらで触れた。風呂上りに中途半端に乾かしたのだろう。少し跳ねた髪を梳くように撫でる。
「それで、あんたは? あんたなら、どうする?」
 次はコンラッドの番だと、黒い瞳が訴えていた。
 先ほどのようなずるい回答では、もう逃げられない。
「そうですね……大切な相手がいるからと断りましょうか」
 もうずっと前から、コンラッドの心はたった一人に独占されている。
「え? コンラッド、そんな相手いるの?」
「例えの話ですよ」
 驚くユーリの髪を一房持ち上げて、コンラッドは唇を寄せた。
「さあ、そろそろ眠らないと、明日の執務に響きますよ。明日は早めに終わらせて、城下に行く約束だったでしょう?」
「そうだった」
 まだ聞きたそうなユーリとの会話を打ち切って、コンラッドは彼に立ち上がるように促した。
 泊まっていっていいかと尋ねてくる少年は、まだ確かにコンラッドの名付け子だった。
 いつかコンラッドの手を必要としなくなるかもしれないとしても、いまはまだ。
 どうか少しでも長く今が続くようにと願いながら、コンラッドは愛しい名付け子のために寝床を整えるのだった。


(2014.07.20)