恋の病


「ぼんやりして、どうしたんですか?」
 温かい風呂から風呂へのスタツアは、お湯を飲んでしまったこと以外はこれといって困ったことはなかった……はずだった。
 水面から顔を上げたら、すぐ目の前に見覚えのある落ち着いた色合いの軍服が見えた。それだけで、体温が一℃あがった。
「おかえりなさい、陛下」
 優しい声音で、もう一℃。
「陛下って……陛下ってゆーな、名付け親」
「そうでした」
 浮かぶ笑顔を想像するだけで、顔が熱い。
「ユーリ?」
 うつむいたまま顔を上げられずにいるおれの名を、心配そうに呼ぶ声がする。見なくてもわかる。さっきまで浮かんでいた笑顔がすぐに曇って、大きな手が強引におれを浴槽から引き上げた。
 濡れた身体に、やわらかなバスタオルがふわりとかけられた。
「顔が赤い」
 手のひらが頬に触れる。自分でも、真っ赤だという自覚があった。
 心配性の保護者はのぼせただけだとは思ってくれず真剣な表情で顔を近づけてくるものだから、おれはそのまま後ずさろうとして浴槽へと落ちそうになった身体を逆に引き寄せられた。
 前髪をかきあげられると、すぐに額が触れ合った。濡れてしまうのも構わずに、しっかりと体温を確かめられる間、おれは呼吸の仕方も忘れて強く目を閉じた。
 目をあけたら、敏い彼に気づかれてしまうかもしれない。
 ほんの数秒だったのかもしれない。でも、永遠みたいに長く感じた。
 上がりっぱなしの体温を確認したコンラッドが離れると同時に脱力したおれは、自分がどれほどに緊張していたのかを自覚した。
「少し熱が……風邪だといけないな。ギーゼラに見てもらいましょう?」
「いや、ちが……うん」
 否定をしたら、彼は別の理由を考えるだろう。
 おれは名付け親に嘘を吐くことを申し訳なく思いながらも、彼の誤解を利用させてもらうことにした。



 風邪だったらよかったのに。
 そうしたら、この苦しさも一過性のものだったはずだ。
 どんな薬も効かない。寝て起きても、きっとまだ苦しいのだろうなと考えて、胸元のタオルを強く握った。


(2014.08.18)