自覚無自覚


 先ほどまで元気に喋っていた名付け子があくびをしたのは、ちょうど、そろそろ眠るように促そうかと考えたタイミングだった。
 いつもより夜更かしをさせてしまったのは、楽しそうに喋る彼の邪魔をしたかったからだけではない。もう少し、この時間を共有していたいというコンラート自身のわがままでもある。
 名付け親失格だと小さく笑って布団を引き上げると、眠そうに目を瞬かせたユーリが目元を擦った。
「眠ってください」
「でも、もったいない」
「執務中に居眠りするわけにもいかないでしょう?」
 彼の言葉は、コンラート自身の願いでもあるけれど、こればかりは聞いてあげるわけにもいかない。
「ん……そうだけどさ……」
 それでも、もう少しだけと粘ろうとした彼の手が、布団の上に落ちるのにそう時間はかからなかった。
「やっぱ、だめだ。ねむい。あんたのベッドって、なんか」
 ほっとするんだもん。
 そう続いた語尾は、言い切るかどうかのところで寝息へと変わった。
 寒くないように肩までしっかり布団をかけてやりながら見下ろした彼は、もうすっかり夢の中の住人だ。
 もぞ、と身じろいだ彼が暖を求めて身を寄せてくる。言葉通りに安心しきった様子を見せ付けるものだから、コンラートは喜ぶべきか、悲しむべきかを悩むのだ。
「今は、このままでいいかな」
 ほっとしてもらえるのも、嬉しいものだから。
 起こさぬよう気をつけながら、大切な名付け子を引き寄せた。
 腕の中からは相変わらず規則正しい寝息が続いている。
「おやすみ、ユーリ」
 良い夢がみられるように。
 額に口付けを一つ落として、コンラートも目を閉じた。
 願わくば、夢の中でも一緒にいられますように。


 コンラッドはずるい。
 ため息をついた瞬間に「どうしました?」と声がかかるものだから、ユーリはぎくりと肩を揺らした。
「なんでもないよ」
 答えながら、気づかれないようにゆっくりと息を吐く。後ろにいるのに、全部お見通しとでもいうかのように名付け親は名付け子に対してとても目ざとい。
 平常心、平常心。
 言い聞かせながら廊下を進むユーリの意識は、つい後ろへと向かいがちだ。
 今朝、目が覚めたら、すぐ目の前に名付け親がいて驚いた。名付け親の部屋なのだから当然なのだけれど、息がかかりそうなほどの距離に心臓が跳ねたのだ。どういうわけか、しっかり身体に巻きついていた腕が触れるところが、やけに熱かった。
 驚いて挨拶ができないユーリを他所に、驚かせた自覚のない彼は朝に似つかわしい爽やかな笑みを浮かべて、跳ねた寝癖まで直してくれた。
 朝、大きく調子を崩された心臓は、着替えの最中だとか、ストレッチの最中だとか、ことあるごとにざわついて、ユーリの心をかき乱す。
 自らが付けた名を親しげに呼ぶ彼は、いとも簡単にユーリのパーソナルスペースへ進入を果たす。
 それは名付け親として当然のことだと、頭では理解できる。
 けれど、ユーリの中に生まれた名付け子ではない部分の感情が、ただの名付け子でいることを拒絶するのだ。



「危ない」
「えっ?」
 急に腕を強く引かれて、気づけば後ろに倒れていた。衝撃はあれど尻もちをつかなかったのは、大きな身体に抱きとめられたからだ。
「階段、見ていなかったでしょう?」
 言われて気づく。すぐ目の前にあった階段がまったく見えていなかった。このまま進んでいたら、足を踏み外していただろう。
「どうしたんですか? 朝から調子が悪そうですが」
「……うん」
 引かれた手が熱い。心臓がざわめくのは、落ちていたかもしれないという恐怖からだけではない。
 なんでもないと言ってしまうのは簡単だけれど、それを納得させるだけの要素を持ち合わせていなかった。
 そんな嘘、彼にはすぐにばれてしまうから。
「ユーリ?」
 へなへなと力が抜けてしまいそうな身体を抱きとめる腕の強さだとか、心配そうな眼差しに、心臓がぎゅっと掴まれたように無性に泣きたくなった。
 コンラッドはずるい。
 名付け親だから、こんなに簡単にユーリの中に入り込んでくる。ただの名付け子でいられたならば、喜んで受け入れられたのに。
 彼が好きだ。
 自覚してしまえば、名付け親と子という関係では満足できずに苦しくなった。
「ちょっと、びっくりした」
 本当にずるい。
 自分ばかりが振り回されている現状を自覚して、ユーリは胸の中で繰り返した。
 それでも、縋るように掴んだ彼の腕を、離すことはできないのだけれど。


(2014.12.30)