続 2014年 年越し
「陛下、ちゃんと歩いてください」
大丈夫だという言葉を信じるべきではなかった。
ふらりとよろけた身体を慌てて抱きとめたコンラートは、胸に飛び込んできた頭から落ちかけた王冠を慌てて受け止めた。
「あるいてる、よ」
答える声には説得力がまったくない。
部屋へと戻るはずだった足はすでにとまって、コンラートが支えていなければ倒れてしまいそうなほど。
「あつい」
「こんなところでマントを脱がないでください。部屋までもう少し我慢して」
ほんの少し目を離した隙だった。
禁酒禁煙がポリシーの魔王陛下がまさか酒を飲んでいたとは。
「どうしてお酒なんて飲んだんですか」
「のんで、ない」
本人にそのつもりはなくとも、すっかり酔っ払いだ。
うー、とか、あー、とか意味のわからない声を零した彼の身体を支えながら、どうしたものかと途方にくれるしかない。
「陛下、ほら。部屋までがんばって歩いて」
「あるく」
言われた通りに動こうとした足は僅かに浮き上がり、同じ場所に着地した。どうやら自力で歩くのは無理そうだ。
「仕方ないですね」
支えていた身体をくるりと反転させたコンラートは、胸に倒れこんでくる身体を抱きとめた。
「おとなしくしていてくださいね」
背と膝裏に手をかけて、すばやく抱き上げた腹の上へと王冠を乗せた。
「あるけるのに」
「運ばせてください」
「んー……」
擦り寄ってくる身体が温かい。
逆に冷えたコンラートの服が冷たいせいなのか、火照った頬を肩口に摺り寄せてくる仕草が猫のようだ。
「きもちい……」
ふわりと笑う彼は、ただ酔っ払っているだけとわかっているのだけれど。
上気した瞳で見つめられてしまえば、コンラートは困ったような笑みを返すしかできなかった。
「みず……」
部屋へと運んだ身体をベッドに下ろすなり、小さな声で求められた。
アルコールを摂取した身体が水分を求めるのだろう。
「どうぞ。気をつけて」
受け取ろうとして伸ばされた手はうまく力が入らないのか頼りなげだ。大丈夫だろうかという心配は杞憂に終わらず、取り落としそうになったグラスをコンラートは慌てて取り上げた。
「危ない」
「……みず」
尚も求めてくる人に、もちろん渡してあげたいのだけれど。
「自分で飲めないでしょう?」
怒らないでくださいね、と言い置いて、コンラートは手にしたグラスの中身を一口含んだ。
「ん……っ」
あごへと手をかけて上向かせた唇へと、自らのそれをゆっくり重ねた。
含んだ水を零さぬように気をつけながら、薄く開かれた唇の中へと少しずつ流し込む。
ごく、ごく、と喉が動いて、すぐに含んだ水はなくなったけれど、ぼんやり頬を上気させたユーリにはまだ足りていないようだった。
「もっと」
濡れた唇が艶めいていた。
「待って下さいね」
もう一度グラスの中身を煽ろうとしたコンラートを邪魔するように、ユーリの腕が首へと絡んだ。
「ユーリ?」
「もっと」
もう水なんてないのだけれど。
水分を求めて彼のほうから押し付けられた唇を拒むことなどできるはずがなかった。
唇の中は、アルコールの味がした。
背にまわされた彼の指先が服を掴む力が弱い。
いつもより高い体温は彼の状態がいつもと違うことを示していたのだけれど、漏れる吐息の熱さがコンラートから唇を離すきっかけを奪った。
「……っ、はぁ」
アルコールの気配が消えてしまうまで彼の唇の中を隅々まで味わって、名残惜しみながら唇を離すと、間近の瞳と視線がぶつかった。
とろんと蕩けた瞳は、まるで夢でもみているようだ。
「……」
「ユーリ?」
どうしたのかと見詰め合うと、ゆっくりと目の前の瞳が細められた。
「やっぱり、きれいだな」
背に回されていた指先が離れたかわりに、両頬が温もりに包まれる。どうしたのかと見つめた先の彼は、とても楽しそうに口元を和らげた。
「きらきらしてる」
睫が触れ合いそうなほど近い距離で見つめてくる宝石のような黒い瞳の方こそ、コンラートには輝いて見えるのだけれど。
「すごく、すき」
それは瞳がだろうか。それとも。
問いかけようとした言葉は、瞼へと触れた柔らかな唇の感触によって途切れて消えた。
(2015.01.03)