いつも通り


「それでさ」
 寝間着に着替えてベッドにもぐりこんだ後、枕を抱えるようにうつ伏せた体勢でおしゃべりを楽しんでいたユーリが急に言葉を途切れさせた。
「眠くなりましたか?」
 異世界からの移動で疲れもあるだろう。今日のところは最低限にしてもらったとはいえ、早々に執務もこなした。王佐や弟からの手荒い歓迎もあったことだし、お疲れだろうか。
 さっそく泊まりにきてくれたことが嬉しくてつい夜更かしが過ぎてしまった。コンラッドは楽しい会話を打ち切るために、彼の腰までかかっていた布団を引き上げた。
「そうじゃなくて」
 だが、ちがう、と彼の方が布団を引き剥がす。
 魔王陛下の寝室に比べれば小さなコンラッドのベッドで肩を触れ合うほどの距離だ。ユーリが僅かに身を乗り出せば、二人の距離はないに等しい。
 コンラッドは驚きを隠すように二度ほど瞬くと、緩く首を傾げることでユーリに続きを促した。
「おればっか喋ってたから、あんたも話したいことあったんじゃないかなって思って」
「ああ、そういうことですか」
 相手への気遣いを忘れないのは彼の美点で好ましいところではあるけれど、自分に対してだけはそんな気遣いは不要なのに。
「俺はユーリの話を聞きたいからいいんです」
「そうじゃなくて」
 コンラッドの返答は彼のお気に召さなかったようだ。
 言葉を探して、ユーリが頭を掻いた。洗い立ての髪からふわりと香るにおいが、コンラッドの鼻腔をくすぐる。
「おれが、あんたの話を聞きたいの。おれがいない間、どうしてたのかなって」
 抱えていた枕ごと、ずい、と近づいてくる。吐息さえかかりそうな距離を気にしない彼から、コンラッドは不自然にならぬように気をつけて少しだけ距離をとった。
「どうって、普通ですよ」
「普通ってなんだよ。なんかあるだろ」
 不満そうに唇が尖る。色々な変化を見せるユーリの表情はいつだって思い出すことができたけれど直接見るのは久しぶりで、コンラッドは思わず頬を緩めた。
「いつも通りです」
「いつも通りって、あんたおれの護衛だろ? 魔王がいないのに、いつも通りってこともないじゃん」
 秘密主義だと不満そうな彼の肩へと、もう一度コンラッドは布団をかけた。
「さあ、そろそろ眠らないと、明日のロードワークができなくなりますよ」
「ちぇ、そうやってはぐらかす。明日こそ聞き出してやる」
 そんなつもりはないのだが、残念ながら信じてもらえなかったらしい。
 ただし、そのおかげで明日もこうして彼が訪ねてきてくれるならば、結果オーライといったところか。
「本当にいつも通りなんですけどね」
 明日への意気込みを見せながらも抱えていた枕へとおとなしくおさまったユーリの頭へとコンラッドの手が触れた。そのまま柔らかな髪をそっと撫でる。
「おやすみなさい、ユーリ」
「おやすみ、コンラッド」
 いつまでも撫でていたいけれど、彼の眠りを邪魔をするわけにはいかない。コンラッドは名残惜しむようにまろやかな頬を撫でてから指先を離した。

 いつも通り、あなたのことばかり考えていました。
 そんなことを告げたら、彼はどんな反応をするだろうか。
 呆れるだろうか、それとも照れるだろうか。
 楽しい想像と、聞こえてくる寝息に自然と笑みがこぼれるのを感じながら、コンラッドはすぐ隣にある温もりへと身を寄せた。


(2015.01.27)