ユーリ陛下はぴば2015


「では、子守唄がわりに昔話でも」
 久しぶりに枕を抱えてやってきた名付け子に「子守唄をうたって」とせがまれたコンラートは、少し思案してから、そう切り出した。
 あいにく、子守唄はよく知らないのだ。
 かつて、コンラートが歌った異世界の歌を子守唄がわりにして眠ってくれた赤ん坊がいたけれど、果たしていまの彼にもそれが通じるかどうか。
「俺が地球から還って、しばらくしてからの話です」
 興味津々に枕ごと身を寄せてくれる名付け子の姿にコンラートは口元を緩めた。
 どうやら子守唄ではないことに不興をかわずにすんだらしい。



 眞魔国で迎えた久しぶりの夏は、地球と変わりなく暑かった。
 ただ、地球では冷たい風が吹き出す魔法のような道具があちこちに備え付けられており、室内はおろか乗り物の中でさえとても快適だったなと懐かしく思いながら、照りつける太陽を見上げてまぶしさに目を細めた。
 その日、コンラートは夏の祭りが近づいて賑わう街中をあてもなく歩き、一軒の雑貨屋の前で足を止めた。
 店の軒先にあった、小さな球体が目についたのだ。
 水晶にも似た鉱石で出来た置き物は、その美しいブルーを陽の光にきらきらと反射させていた。
 手のひらに乗るサイズが地球で手に入れた白球に似ているところが気に入ったコンラートは、代金と引き換えにそれを手にいれると、大切にそれを持ち帰った。
 そして、城へ戻ってから、その日がとても大切な日であったことを思い出した。
 この世界で、コンラートしか知らない特別な日。
 コンラートは、その翌年から必ずその日は時間を作って城下に出るようになった。
 特に何を探そうと事前に決めるわけでもない。プレゼントにしようと思ったわけでもない。
 ただ当てもなくあちこちを歩いて、一番目をひかれたものをひとつ手に入れて持ち帰る。城を出てから帰るまで、異世界でわかれてきた子供のことだけを考えて過ごす時間と、毎年ひとつずつ増えていく品がコンラートを幸福にした。



 いつの間にか眠ってしまった名付け子に気づき、コンラートは布団を引き上げた。
 彼がこちらの世界にやってきて、コンラートしか知らなかった今日という特別な日を、この国の多くの者が知ることになった。
 もうすぐ今日が終わろうとしている。
 今年は城で盛大な宴が行われたために、城下に行くことがかなわなかったが、まったく残念に感じなかったのは目の前に彼がいるからだ。
 直接「おめでとう」と伝えられるようになった幸せをかみ締めながら、コンラートはあした彼を城下へと誘うために眠ることにした。



ユーリ陛下、はぴばー!


(2015.07.29)