彼の好きなもの


 夕食後に部屋に送り届けようとした少年に、伺うように、けれど期待をこめて見上げてられてしまえばコンラートに断る術などあるはずがなかった。
 行き先を自室に変更した途端に、彼がうれしそうな顔をするからコンラートもつられたように笑ってしまう。
 そうして招いた少年を相手にしての食後のティータイムは、もっぱら彼が地球で応援しているチームの近況や、彼がチームリーダーを務める草野球チームの練習試合の話、それからこちらの世界で彼がオーナーとなったチームのことや、今後の魔王杯の開催予定、野球を広めるための展望などなど、ほんとどが野球の話題で埋め尽くされていた。
「それでさ、」
 なかなかの勢い−−本人曰くトルコ行進曲−−で繰り出される話はほとんど途切れることはなく、コンラートがすることと言えば遮らない程度の相槌ばかりだ。別にお愛想でしているわけではなくて、楽しそうに話す彼の姿を見ながらその話に耳を傾けているのがコンラートにとってはとても楽しい時間なのだ。
「ユーリは本当に野球が好きですね」
「好きだよ」
 会話が少し途切れた際にコンラートが笑えば、当然だと言わんばかりの返事がきた。笑顔とともに、なぜか少しだけ得意げに。
 執務より試合の作戦を考えている方が生き生きとしているのは臣下としては嘆くべきなのだろうが、名付け親として、友人としては微笑ましくもある。
 そして、恋人としては−−。
「そんな風に俺のことも『好き』って言ってくれたら、俺もうれしいんですけど」
 彼がめったに口にしてくれない気持ちについて触れてみたのは、別に不満があってのことではなく、ちょっと困らせたかっただけだ。
 コンラートが初めての恋人だという彼は、十六歳という年齢を差し引いても恋愛ごとに関しては奥手で、なかなかそういった気持ちを口にしてくれることが少ない。
 けれど、だからこそ時折告げられる言葉が重く大きくコンラートの胸に響くのだけれど。
「あ、えっと……」
 案の定、言葉を詰まらせて赤くなったり青くなったりと慌てるかわいらしい姿に、コンラートは噴き出すのをどうにか堪えた。
 何を馬鹿なことを言っているんだなどと一蹴しないでコンラートの冗談でさえ真面目に受け止めてくれようとする姿に、改めて彼が好きだと思う。
「その、あーっと」
「ユーリ」
 少し意地悪が過ぎただろうか。予想以上の慌てぶりに「冗談ですよ」と助け船を出そうとしたコンラートだったのだけれど。
「……好き、だよ」
 不意打ちのように告げられた一言に、一瞬で頭が真っ白になった。
「日本人は、あんまりそういうことは簡単に口にしないんだよ。っていうか、いつも言ってたら安っぽいだろ。いや、でもあんたが言ってくれるのはうれしいんだけど……その、いつも、ごめん」
「ユーリ」
「別に、思ってないから言わないわけじゃなくて、ただ恥ずかしいだけで。ちゃんとおれもあんたのこと好きだと思ってるんだからな。だから、言わないからって疑わないで欲しいっていうか」
「ユーリ」
 呼びかけが聞こえていないかのように、まくし立てる言葉は照れ隠しなのだろう。言いながら、どんどんと赤く染まっていく少年の顔を見つめながら、柄にもなくコンラートもまた自身の顔が熱を持つのを感じる。
「すみません、ちょっとした冗談だったんです」
「冗談ってなんだよ。意味わかんないし。だいたい、あんたはいつも簡単におれのことを好き好き言いすぎなんだよ。ちょっとは恥じらいってものを持ってだな」
「すみません、いいから、ちょっと黙って」
 何が飛び出すか分からない彼の口を止めたくて、少々強引に引き寄せた。
「うわっ」
 ぽふっ、と音がして、鼻先をコンラートの軍服の胸元にぶつけたのだろう。くぐもった抗議の声が聞こえるけれど、問答無用に強く抱きしめた。
 じたばたともがく抵抗を封じ込めて、ぎゅうぎゅうと抱き込みながら鼻先をやわらかな髪に埋めて、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
 彼とこの世界で再会を果たして、それなりに長い時間を過ごしてきて、彼のことをわかったつもりでいたけれど、いまだこうして驚かされるのだからたまらない。
 まるで、びっくり箱だ。何が飛び出すのか分からない。わくわくして、それが、うれしくもある。
「俺もね、あなたのことが大好きなんですよ」 
「あんたなあ」
 思ったままに想いを伝えたのだけれど、なぜか腕の中からは不満そうな声が聞こえてきた。それでも、コンラートの背を叩いた手が、そのままそっと叩いた箇所を撫でてくれるから、コンラートはもう一度「好きです」と囁くのだった。


(2015.08.25)