背中
「ちょっとコンラッド、後ろ向いてくれる?」
「後ろ、ですか?」
「そそ」
はぁ、と気の抜けた返事をしながらも向けられた背中を、俺はしげしげと眺めた。
「どうかされたんですか?」
「どうもしないんだけど、コンラッドの背中ってほとんど見たことないなぁと思って」
つい最近気づいた。
歩いている時は常に斜め後ろに控えているこの護衛、会話する時はかならずこちらを向いているし、自分が残されて彼を見送るなんて状況もなかなかない。
彼が自分に背を向けるのは、危険が迫っている時。その身を盾にするようにして、後ろへと庇われる。だいたいそういう状況の時は、俺も慌てていて背中をのんびり眺めるなんてことにはならないわけで。
いざ見たことないと思ったら、改めて見てみたくなった。ただそれだけのこと。
「脱ぎますか?」
「その冗談面白くないぞ」
改めて眺めた背中は、とても大きかった。
背筋がすっと伸びていて綺麗だ。
手で触れてみる。肩甲骨を撫でてから、背骨にそって腰までを指先で辿る。
軍服の上からでも、彼の身体が鍛えられていることがよく分かった。
「俺、この背中にいつも護られてるんだなぁ」
ありがとう、と背中にお礼を呟くと、返事の代わりに肩が揺れた。
「これからもよろしくお願いします」
感謝の気持ちと、怪我をしませんようにという祈りを込めて。
滅多に出会えない背中へと、俺はそっと抱きついた。
(2009.08.12)