溺れるぐらい
「コンラッドは俺を甘やかしすぎ!」
風呂上り。髪から水滴を滴らせながら、大きなタオルに身を包んだ主が、キッと俺を見上げてきた。
少し怒ったような表情も可愛らしくて、思わず笑みが漏れる。
「それが仕事ですから」
タオルごと捕まえた腕の中で、ジタバタともがくのも可愛らしい。
本人に言うと、更に怒るだろう。それはそれで楽しいのだが、匙加減が重要だ。
風邪をひくといけません、などと尤もらしい言い訳をして、丁寧に水分をふき取っていく。地球では庶民の暮らしをしていたというだけあり、何事も自分でやりたがる主だが、最近はどうやら耐性がついてきたらしい。
やがて抵抗もなくなり、おとなしくされるままになった。
けれど、納得したわけではないのだと恨みがましい視線を向けてくる。
「護衛が着替えまで手伝う必要はないだろう?」
「いいえ、必要です。俺がしたいんです」
努めて笑顔のままに。
楽しい気持ちに嘘は無い。けれど、それだけではない黒い気持ちがばれないように。
甘やかして甘やかして、俺なしではいられなくなればいいのに、と思う。
身を守る護衛としてでも、優しい名付け親としてでもなく。
もっと根本的な部分で必要とされたい。
怒ったような不機嫌な主と、笑顔のまま向き合った。
どうも今日の彼は引いてくれないようだ。
「あんたって、たまにどうしようもなく子供だよなぁ」
「子供…ですか…?」
予想外の言葉に、少しだけ剥がれかけた笑顔を取り繕う。
確かに、笑顔の仮面で大人のフリをした、我侭な子供かもしれない。
「俺はちゃんとあんたのこと、愛してるぞ?」
聡明さを感じさせる漆黒の瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。
取り繕うことを忘れた自分は、きっと呆けた顔をしていたことだろう。
「別に何かして欲しくて一緒にいるわけじゃないからな。そんなこと言ったら、俺あんたに何も返せてねーじゃん」
共に過ごす夜の甘い時間の中でさえ中々聞けない言葉を、どうしてこんな時に限って当たり前のように口にしてくれるのか。
普段は心配になるほどに鈍いのに、どうしてこんな時に限って簡単に人の心を見破ってしまうのか。
どうして。
どうして。
共に有ることに理由を求める自分の不安を、こんなに簡単に吹き飛ばしてしまえるのか。
だが、きっとそんな彼だからこそ、愛しいのだろう。
思わず右手で顔を覆った。
頬が熱い。
やがてそんな俺を横目に、主は何事もなかったかのように一人で衣服を身に着け始めた。
この人には、敵わない。
(2009.08.14)