子コンと子ユーリ


 ぴぎゃー。
「あらあら、ゆーちゃんったら」
 二階から聞こえるほどの盛大な泣き声に、キッチンで包丁を手にした美子はのんびりと天井を見上げた。
 突然始まった嵐のようなそれは、放っておいたところでおさまらないだろう。
 しょうがないわねぇと微笑んでしまうのは、これがいつものことだからだ。残念なことに母親である美子にもどうすることができないぐらい、この家の次男坊はごく一部のことに対して正直で我侭だ。
「コンちゃん、お願いできる?」
「はい」
 カレーの鍋をかき混ぜていたコンラートが、呼びかけに応えて頷く。泣き声が聞こえた直後にすぐに駆けつけたかったのだろうが、大人びた居候の少年は家事の手伝いを自分から放り出すことはしなかった。
 許可がおりるなり、弱火にしてお玉を置いた。
 パタパタと階段をかけあがっていく慌てぶりは年相応の子供に見えて、美子はにっこりと笑った。

 子供部屋の中、小さな身体が布団の上に座り込んで泣き叫んでいた。
 手にはお気に入りのアヒルのおもちゃを持っているが、それでは慰めにならなかったらしい。
「ユーリ!?」
 コンラートが慌てて駆け寄ると、気づいたユーリがぴたりと泣き止む。
「コン」
 ただ、興奮は収まらないのか、ひくひくとしゃくりあげながら。ユーリはアヒルを落として小さな両手をめいいっぱいコンラートへと伸ばした。
「はい。すみません、寂しかったんですね」
 いつもそうするように、そっと小さな身体を抱き上げる。
「コン」
「はい、ユーリ」
「コンー…」
 物覚えがあまりよくないユーリは、他の子供に比べて語彙が少ない。二言目には「コン」と、小さな家族の名前を繰り返す。
「大丈夫ですよ。怖い夢でも見ましたか?」
 昼寝をする前には一緒にいたコンラートが、目覚めた時にいなかっただけでこの騒ぎだ。
 教育上よろしくないこの状況に両親がうるさく言わなかったのは、コンラートのことを思ってのことかもしれない。
 遠慮がちで大人びた少年が、引き取られたこの家に馴染むために、ユーリの存在が必要不可欠だった。周りを気遣うように、子供らしからぬ穏やかな微妙を浮かべる彼も、小さなユーリに対してだけは違った態度を見せる。
「もうすぐ晩御飯ですよ。それまで絵本でも見ましょうか」
「うー…」
「お歌のほうがいいかな?」
「うー…」
「ユーリ、『うー』じゃわからないよ」
 ぎゅーっとしがみ付いて離れようとしないユーリの背をあやしながら、コンラートは困ったなと小さく呟く。
 その表情は、とても嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべていた。


(2009.12.06)