クリスマス
眞魔国で最初にクリスマスを始めたのが魔王陛下ならば、クリスマスを最初に祝わなくなったのも魔王陛下だった。
イエス=キリストの聖誕祭としてではない、単純に家族や恋人とご馳走を食べたりプレゼント交換をする日として広められたクリスマス。
もともと魔族は長い寿命のせいか日々を楽しむことをとても重要視する種族だ。ましてや、愛すべき魔王陛下の生まれ育った異世界の風習だと言われれば尚更で、クリスマスはあっという間に国民達に広く広まり、今や国民的行事となってはいた。
血盟城も例に漏れず、魔王陛下の意向によりパーティーなどは行われないが、それでも夕食はクリスマスにちなんだ料理が出された。
「ごちそーさま」
食べ終えるなり、立ち上がった魔王陛下は真っ直ぐに執務室へと向かって廊下を歩き出した。
窓の外は雪。ホワイトクリスマスだ。
だが、ロマンチックな気持ちになるわけでもなく、頭を過ぎるのはこの雪で隣国へ送った使者の日程がずれていないだろうかという心配だ。
「少し休まれてはいかがですか?」
「年末は忙しいんだよ」
後ろを付いて歩く護衛の言葉をにべもなく切り捨てた。
クリスマスと違い年始は国事だ。他国からの使者がやってくるだろう。正式な会談の場ではないとはいえ、ただの挨拶で終わらせるには惜しい。迎える側にも色々と準備があった。
「それに、クリスマスっていっても、平日だろ。てか、魔王業は年中無休なんだよ」
夕食前までいれられていた暖炉も今は消えていた。人のいない執務室はひっそりとして、とても冷える。
「火、いれて」
「日が変わる前には、お部屋に戻っていただきますよ」
「書類が片付けばな」
これ見よがしに溜息をつかれたところで、どうしようもない。こなすべき仕事は多いのだ。
「どうぞ」
かじかみ、うまく動かない手元へと湯気の立ち上るカップが置かれた。
「ありがと」
取っ手ではなくカップを両手で持てば、じんわりと掌に温度が伝わって凍えそうだった指の硬さがとれていく。
「それから、これも」
ふわりと膝にかけられたのは、ブルーの膝掛けだった。
それが新しいことに気づいた魔王陛下は、目を細めて笑った。
城の者が用意する身の回りの品は、全て黒で占められている。小物一つにしてもそうだ。
だからきっと、この膝掛けはそうではないのだろう。
いつも胸に輝く魔石と同じこの色は、昔から変わらずに一番好きな色である。
「サンキュ」
手触りを確かめるように大腿の上に乗せられた布を撫でると、時計を確認してペンを取った。
今日が終わるまであと四時間。日付が変わってしまえば、きっと護衛から恋人へと戻った男が拗ねるだろう。
急がなければならない。
(2009.12.23)