ねがい事の台詞で5題
(お題:WILD ROADさま)
1 「流れ星、見えるかな?」
星が見たいと彼が言った。
冬の夜に星見などして風邪でも引いたらと心配が頭を過ぎるが、それは俺が気をつければいいことだ。何よりも、喜ぶ顔が見たくて、いつもよりも厚着をさせた彼と就寝前に展望塔へと連れ立った。
「すごいな」
空いっぱいに散らばった銀の光を見上げて、彼がほうっと息を吐く。星空に感嘆しているのか、それとも違う何かを想ってか。
彼の突然の我侭の理由は知っていた。
愛する娘からの手紙だ。異国に留学した彼女は季節の折々で彼へと手紙を寄越す。先日の手紙では、友人たちと集まって星空を眺めたらしいと、彼が読んで聞かせてくれたのは記憶に新しい。
「流れ星、見えるかな?」
「これだけたくさんの星があれば、1つ2つ降ってもおかしくないですね」
掴もうとでもいうのだろうか。両手を天へと伸ばす仕草は幼く、けれど彼らしく見えて、俺は眩しいものでも見るように目を細めた。
「地球だとさ、流れ星に願いごとをすると叶うっていうんだ。こっちでもあるのかな?」
「いいえ。ロマンチックですね」
星は空にあるもの。そしてその位置で時間や方角を知るものでしかない。
それでも、彼が口にするだけで、夢物語のような話さえ真実のように思えるから不思議だ。
2 「願いごとってなに?」
「陛下は星に願いたいことがあるんですか?」
「陛下って言うな、名付け親」
予想外に近くからした声に驚きながら、いつものやりとりをする。星空に見入っている間に、二人の距離が縮んでいた。
「すみません、ユーリ」
触れるか触れないかというほどの近さは決して不快ではない。月と星の明かりの下で向けられたいつも通りの笑顔に、おれも笑みを返した。
「内緒」
少し寒さが和らいだのは風が止んだからではなく、さりげなさを装って風上に立つ彼のおかげだ。
ともすれば見落としがちになる優しさに気づいて、嬉しさに混じって少しだけ胸が締め付けられるような苦しさを感じた。
「そういうのは口にしたら叶わないんだぜ」
「それは初耳ですね。逆に、口にすれば叶うかもしれませんよ?」
きっと優しい名付け親は、叶えてくれようとするのだろう。
だからこそ言えないこともある。
「おれはいいんだよ。あんたこそ、なんかないの?」
ずっと一緒にいたいだなんて、言えるはずがない。
今も確かに一緒にいる。けれど、それだけでは満足できない我侭な自分が、時折抑えきれずに顔を出す。そして、今夜のように我侭を言って彼の時間を奪い取るのだ。
「あんたの願いごとってなに?」
おれから離れていくようなものではなければ、なんだって叶えてやりたい。
そして、もっとおれのことを好きになってくれればいいのに。
3 「言うだけ言ってみたらいいじゃん。」
「俺ですか?」
「そう。あんた、普段から全然そういうこと言わないじゃん」
言われて、そうだろうかと考える。
「日々が幸せだからかもしれませんね」
何よりも誰よりも大切な人が目の前にいるのに、これ以上望むことなど許されるはずがない。
決して彼が評価してくれるように、俺は無欲などではないのだ。
「本当にないの?」
「ええ」
それでも疑うように見上げてくる彼を見下ろしながら、意識していつも通りに笑いかける。
「本当に?」
鈍感なようでいて賢い瞳が、納得しない様子で俺を見ていた。
暗がりでも分かるほどに、その頬が寒さで赤く染まっている。
可愛らしくも痛々しい赤へと掌で触れる。ひやりとしたそこを温めるように撫でれば、彼は嫌がる素振りをみせることなく、気持ち良さそうに目を細めた。
「言うだけ言ってみたらいいじゃん。言えば叶うかもしれないんだろ?」
「叶いませんよ、俺の願いは」
それどころか、口に出した途端に全てが終わるだろう。
俺の希望。俺の願い。
それは、目の前の彼そのものなのだから。
4 「願いごとなんてあったんだ。」
「あんたにも、願いごとなんてあったんだ。」
確かに聞いたのはおれだったけれど。
笑って誤魔化されるものだとどこかで諦めていたから。予想外に漏らされた彼の本音に、ついそんな言葉を呟いていた。
「ひどいな」
冗談めかした非難。すぐに浮かべられた笑顔は少しだけ硬くて、偽者だと簡単に分かる。
そんな顔をさせたいわけではないのに。
「ごめん、意外だったから。でも、なんか嬉しい」
「嬉しい、ですか?」
頬に触れる大きな手。
「そうだよ。あんたは無欲すぎるんだ」
少しだけかさついた、いろんなものを護ってきたそれへと手を重ねて、おれは目を伏せた。
自分から進んで頬を押し付けると、冷えた頬がじんわりと温かくなっていく。
「教えてよ、あんたの願いごと」
どこかで距離を感じていた。
そこにあるのがなんなのか。
一緒にいて、笑顔も手の温もりも与えられているのに、満足できない自分がいる。
隠された内側が見たいと思った。
5 「ひとつだけ叶えてあげるよ。」
「ひとつだけ」
「ユーリ?」
触れ合った掌と頬が少しずつ同じ温度へと変わっていく。
「ひとつだけ、叶えてあげるよ。」
伏せられていた漆黒の瞳が開かれ、まっすぐに俺を捉えた。
「おれにできることで、になっちゃうけど。この国が欲しいとか言われると困るけど、でも、結構なんでもできると思うぜ。ほら、いちおう王様だし?」
優しい彼が俺のためになにかをしてくれようとすることは、理解できる。ただし、それはあくまでも渋谷有利という個人としてで、だ。
浮かべられた笑顔。けれど、それが彼らしくないものに見えたのは、魔王の権限まで持ち出すような言葉のせいだろうか。
「どうして?」
「え?」
「どうして、俺にそこまでしてくれようとするんです?」
空いた手を、同じく空いた頬へと添えた。驚き逸らされようとする視線を逃がさぬように、両手で包み込んで顔を上向ける。
「それは、臣下へのご褒美?」
「ちがうよ」
「じゃあ、名付け親へのプレゼント?」
「ちが、う」
では何故、と。
問いかける言葉を口にするのが躊躇われた。
すっかり冷え切った彼の身体を思えば、ここで切り上げて部屋へと戻るべきだと冷静な考えが頭を過ぎり。けれど、そんな思考を裏切るように、正直な身体は戻ろうと促すことも触れたままの手を離すこともできずにいる。
耳に痛いほどの静寂を先に破ったのは、彼だった。
「……だ」
見つめ続けた先には、怒っているようにも泣き出すのを堪えるようにも見える表情。
口にできずにいる願いを見透かすような言葉に、俺は思わず彼の身体を強く抱きしめていた。
『――――好きだ』
(1:2010.01.02、2:2010.01.21、3:2010.01.22、4:2010.01.24、5:2010.01.25)