雨の日の朝
さらさら。
さらさら。
大きな手の甲が頭を撫で、掬い取られた髪が指の間を滑って落ちる。
同じリズムで繰り返されるそれが心地良く、されるままに任せながら、一度開きかけた目を再び閉じた。
「そろそろ起きる時間ですよ」
「知ってる」
返事をするのと同時に、一番鳥が鳴く声が聞こえた。
いつもならば既にきっちりと着替えを済ませているはずの男が、まだ共にベッドにいるのは微かに聞こえる雨音のせい。
これではロードワークに出られないから。空いた時間はそのままゆっくりと過ごそうということなのだろう。
「起きないんですか?」
「起こす気なんてないくせに」
いつまでも優しく動き続ける手が、半ば沈んだままの意識の浮上を阻む。眠っているとも起きているともいえない中途半端さが心地良い。
雨には消炎作用があると言ったのは、誰だったか。
なにかの本で読んだ。その匂いや空気が、人の心を落ち着かせるのだと。
こんなにも静かで穏やかな気持ちなのは、雨のせいなのだろうか。
「起こす気がないわけではないんですよ」
「んー?」
寝返りをうつようにして、ヘッドボードへと背を預けた男へと身を寄せた。ゆるく持ち上げた腕を男の方へと伸ばしてから、重力にまかせて落とせば抱きつくような形となる。
窓の外は小雨。きっと寒いだろう。
締め切っているとはいえ、暖炉に火をいれていない部屋も少し肌寒い。毛布からはみ出た肩に寒さを訴えられるまま、さらに身体をぴたりとくっつけると心地良い熱が伝わってきて、無意識に吐息が漏れた。
「寝ぼけた貴方をこのまま眺めるのも良いし、起きた貴方ともう少しアクティブに触れ合うのも良いし」
貴方次第と言いながらも、ずいぶん勝手な言い分だ。
「ばーか」
ぺしりと手首だけを動かして腰を軽く叩くと、触れていた手が髪から離れた。
耳の後ろから首筋、肩、肩甲骨から背筋と肌の上をすべるように擽るように指先が辿っていく。それは昨夜、唇が辿ったのと同じ動きで。
意趣返しにしては些かやりすぎだ。
強制的に記憶を呼び起こされると同時に、内側に灯った炎で体温があがる。
「ばーか」
もう一度、手首を動かした。ぺちりと小さく乾いた音がする。
先ほどまでの穏やかな心は、もうどこにもない。
雨にも消しきれない熱を持て余し、男の腰に絡めた腕に力を込めた。
(2010.03.10)