酔っ払い次男


「えーっと…コンラ、ッド…?」
「はい」
 満面の笑みを浮かべた男を前にして、ユーリはじりじりと後ずさった。
 一歩引けば、一歩詰められる。
 広くはない室内ではやがて背が壁に当たり、ならばと横に逃げようとした身体は耳の左右につけられた両手によって行く手を塞がれた。
「どいてくれないかな?」
「どうして?」
 護衛兼恋人として普段から近い距離を保っているが、それにしても今日のこれは近すぎる。
 スタツアった先が見慣れた恋人の部屋の風呂場だったことに喜んだのは、つい数分前だ。
 脱衣所にあったバスローブを勝手に拝借して、部屋へと続くドアを開けると、そこは顔を顰めたくなるほどの酒の匂いで満ちていた。そして、グラスを手にしたまま、テーブルに突っ伏している恋人の姿を確認し、思わず再び風呂場に戻ろうと思ったのだが。
 扉を閉め切るより先に、見つかってしまった。
「あんた酒臭いぞ」
「それは失礼」
 眉間に皺を寄せたまま伝えた苦情を意に介した様子もなく、顔が近づく。唇が触れ合いそうなほどの至近距離。
 一言喋るたびに酒の匂いが強くなる。匂いだけで酔いそうだ。
「逢いたかった、ユーリ」
 囁く声が、やたらと甘ったるい。
「おれは、酔っ払ってないあんたに逢いたかったな」
「酔っているとしたら、酒ではなく貴方にですよ」
 正直言ってしまえば、寒い。
 いつも笑みを絶やさない男だけれど、ここまで蕩けそうな笑顔を向けられることは珍しい。だらしがない顔ともいえなくはないが、それでもやはり元が良いからさまになるのも、なんだか気に食わない。
「目を覚ませっ」
 意を決して振り上げた右手は簡単に囚われた。
「甘い」
「…っ」
 ちゅ、と音を立てて唇が手首に触れる。そのまま、ざらりとした舌に丁寧に舐め上げられ、背筋を奇妙な感覚が這い上がる。
「貴方はどこもかしこも、綺麗で。砂糖菓子のように甘い」
「んっ…」
 ようやく手首を開放されると、今度は再び顔が近づいた。いつも通り形の良い唇は、いつもとは異なり酒臭い。
 本人に酔っ払いの自覚はないのだろう。
 そのまま触れようとしてくるそれから逃れるために顎を引いたユーリに構うことなく、半ば強引に口付けられた。
「……っ、や、めっ」
 ユーリが逃げようとするほどに、コンラッドが追いかけて。
 次第に深まる口付けの、息苦しさと酒臭さに頭がくらくらし始めた頃。

 我慢の限界に達したユーリが、酔っ払いの股間を力の限り蹴り上げた。


(2010.03.27)