ねこおれ


《妖狐×僕SSパロ》



「陛下、お飲み物のおかわりはいかがですか?」
「いらない」
「陛下、本日の昼食はいかがいたしましょうか?」
「適当に食べるからいいよ」
「へい…」
「あのさぁ!」
 手にしていたスポーツ雑誌をテーブルに置いた。予想外に大きな音がたったのは、それだけおれが腹を立てていたということだ。
「はい、なんでしょう?」
 頼んでもいないのにクッションや飲み物を用意し、おれが読み散らかした本を片付け、新しい雑誌を用意する。先ほどから忙しなく動いていた男をなるべく意識から追い出そうとはしてみたものの、繰り返し声をかけられ、至近距離で見つめられては居心地が悪い。
 一言文句を言おうと声をかけた途端、常に浮かんでいた微笑が、これ以上ないほどに幸せそうな笑顔に変わるものだから、おれはそれ以上の言葉を続けられずに口を閉ざした。
 ごく普通の人間だと思っていたら、十六の誕生日に両親からおまえは人間ではないと言われた。天使でも悪魔でも冗談でもなく、魔族らしい。しかも、よりにもよって魔王様。
 おれの希望や将来設計なんかお構いなしに連れて来られた城にいたのは、黙っていれば美形の、けれど何を考えているのか分からない男だった。
「あんた、なんなんだ?」
「あなたの護衛です、陛下」
「おれは陛下なんてもんじゃないし、護衛なんていらないの」
 何度繰り返したか分からないやり取りに、秀麗な眉が顰められた。おれみたいな子供の言葉一つに、この世の終わりのような顔をした男が膝元にすがり付いてくる。
 はっきりいって鬱陶しいのに、どうにも憎めないのはどうしてか。
「俺は十六年、あなたに仕えることだけを生きがいにしてきたんです。不要とおっしゃるならば、どうぞ処分してください」
「はぁ? なに言ってんだよ。処分とか、おれにそんなことできるわけないだろ」
「では、お仕えしてもよろしいのですね?」
 嫌と言えば、また同じことの繰り返しだ。仕えるといいながら、あまりおれの話を聞かない男は、約束ですよと勝手なことを言いながら、まるで宝物でも扱うように、うやうやしい仕草でおれの手をとり、甲へと口付けを落とした。


(2010.08.07)