襲撃の理由


 目標確認。
 ターゲットは幸いにも背中を向けていた。
 ゆったりと椅子に腰かけた姿は無防備に見えるけれど、油断をしてはいけない。
 なんたって相手は歴戦の勇者だ。
 そーっと、そーっと。
 息を潜めて、一歩ずつ足を動かす。
 いつ振り向くか分からないので一気に距離をつめてしまいたいけれど、それでは気付かれてしまうのだと必死に言い聞かせて。
 あと少し、もう少し。
 そして。
「コンラッドッ!」
 残り2メートルをきったところで、残りの距離を一気につめた。
 ぐいっと首に抱きつくと、大げさなぐらい肩が揺れる。
 その反応に、おれは成功を確信してにやりとしたのだけれど。
「どうしたんですか、陛下」
「今日の執務は終了しました」
「すみません、ユーリ」
 作戦成功……と、驚いた顔を見るべく覗き込んだ先には、予想と異なる穏やかな笑顔があった。
「なーんだ」
 作戦失敗。どうやらおれの予想に反して、最初から気付かれていたらしい。
「ちぇ、せっかく驚かせようとしたのに」
「驚きましたよ」
 そんな気遣いは無用だ。
 気配に聡いコンラッドが気付かないはずがないのだ。
 気付かれないと思ったおれが甘かった。
「気付いてたなら声をかけてくれればいいのに」
「ユーリが気付かれたくなかったようでしたので」
「まあ、そうだけど」
 結局、気付かれてしまったなら意味はない。
 勢い込んだ分だけ気が抜けた身体で、広い背中に体重を預けた。
 コンラッドが笑うと、胸の下の身体が揺れて少しだけくすぐったかった。



「それで、どうしたんですか?」
 読書を中断した彼が手元の本をテーブルに置いた。
「特に用があったとかじゃないんだ」
 いつも通りだ。時間ができたから会いにきただけ。
 キャッチボールやお茶のお誘いといった目的があることもあれば、特に何もないこともある。
 今日は後者。
 ただいつもと少し違ったのは、コンラッドが読書中だったということ。
「あんまりあんたの背中を見ることってないなと思って」
 珍しいものをみたので、ちょっとしたイタズラ心に火がついたというわけだ。
「たまに、あんたの背中に目がついてるんじゃないかと思うよ」
 思い返せば、いつも彼は傍らにいた。
 離れたところにいても、こちらが近づけば気配に聡い彼はすぐにこちらに気付いてしまう。
 それはそれで嬉しいことではあるのだけれど、なんだか不公平な気もする。
 こちらばかりが見られている気がするのだと不平を訴えると、彼は珍しく「困りましたね」と言葉通りに眉を下げた。
「護衛としてはやはりいつでも周りに気を配らないと」
「そうだよな」
 おれに気付かないようでは護衛はつとまらないのだろう。
 無茶な要求だということは理解しているので、おれは素直にみとめて彼の首に絡めていた腕を解こうとした。
 けれど。
「それにね」
 言葉を続けながら、彼の手がおれの肘をつかまえた。
 急なことに驚くおれとは対照的に、イタズラっぽく銀の虹彩が細められる。
 くるりとダンスをするように、引き寄せられた先は彼の膝の上。
「いつだって、あなたを見ていたいんです」
 さらりと飛び出した言葉に、目を白黒させたまま、気付けば彼の腕に閉じ込められていた。


(2014.04.26)