奇妙な友人


 最近、妙な友達が出来た。



「こんにちは、ユーリ。今日もかわいいね」
 白昼堂々と待ち合わせ場所にやってくるなり爆弾発言を落としてくれた男がそう。
 河原で草野球の練習を見学していたところを、おれから声をかけたのがきっかけだ。
「かわいいって、あんた」
 日本人が口にしようものなら絶対にスベるだろう単語も、ハリウッド俳優みたいなイケメンが言うと様になるのだからすごい。
 だがしかし。
「コンラッド、また日本語の使い方間違ってるぞ」
 様になるからと言って、男子高校生に対して使うには不適切な単語を見過ごしてはいけない。
 おれは友達のよしみで間違った日本語を指摘してやったのだが、指摘された彼は薄茶の瞳を丸くしてから、ゆるく首をかしげた。
「昼は”こんにちは”でしょう?」
「そう、挨拶はこんにちはだ。おれが言いたいのは、”かわいい”の方だ」
 平均よりほんの少しだけ身長が足りないとはいえ、おれはどこからどうみても男だ。思春期を迎えて、かっこいいと言われたいと思うことはあれど、かわいくなりたいなど考えたことさえない。
 彼がどういう意味で”かわいい”を使ったのか分からないが、間違って覚えた日本語を他所で使って、あらぬ誤解をうけては気の毒だ。
 頭ひとつ高い位置からおれを見下ろした友人は、自分の日本語のどこがおかしいのかさっぱり分からない様子で、顎に手をあてた。
「ユーリ、ひとつ聞きたいのですが」
「オーケー、何?」
「かわいいは、cuteでしょう?」
「そうだな」
 おれの少ない英単語力でも理解できる質問で助かった。
 ひとつ頷くと、彼は満足そうに何度もうなずきながら微笑んだ。
「じゃあ、問題ないです」
「ちょっと待て」
 問題ありまくりじゃないデスカ。
「さあ、日が暮れるといけないからキャッチボールしましょう」
 訂正しようとするおれの言葉を待たずに、彼はさっさと歩き始めてしまった。
 まだ昼間。暮れるどころか太陽が昇りきってさえいないのに。
「あんたの日本語、やっぱり変だよ」
 慌てて追いかけながら指摘してやるのだが、言われた方は「そうですか?」と気にした様子がまったくない。
 何がそんなに楽しいんだか。にこにこと浮かんだ笑顔に毒気を抜かれて、おれはそれ以上なにも言えなくなってしまった。


「いい試合だったな」
「そうですね」
 キャッチボールから始まって、愛するチームの試合観戦と楽しい一日はあっという間に終わってしまった。
 勝ち試合を観れた日は気分がいい。
 今日の試合の内容を振り返ったら話すことが多すぎて時間が足りないったらありゃしない。
 帰りの電車の中でも、最寄り駅の改札を出た後も、会話が途切れることがなかった。
 だが、話したいことはたくさんあれども、時間には限りがあるわけで。
 おれたちは、お互いの家の分かれ道で足を止めた。
「あーもー、ぜんぜん話したりないぜ。ナイターじゃなければなあ」
 さすがに22時ともなれば、どこかでのんびりお茶でもというわけにもいかない。
「本当に残念です」
 街灯のぼんやりとした明かりの下、同じタイミングでため息をつくものだから、つい顔を見合わせてわらってしまった。
「帰したくない」
「帰りたくない、だろ? それも変か。おれも、もっと喋ってたいよ。あの盗塁を刺したシーンとか、本当によかったよな」
 おれは利き腕を振りかぶって、二塁へ送球するポーズをしてみた。
 ボールを取ってから投げるまでの流れるような動作の早さに、すごく興奮した。
「来週が待ち遠しいです」
 次の練習日は来週末。
 社会人が多いチーム事情からして、練習ができるのは週末だけだ。それも毎回全員が集まれるわけではないけれど、ありがたいことにコンラッドは毎週ちゃんと来てくれる。
「そうだな。早く練習したいよな」
 練習熱心なエースの存在は、チームにとっても、おれにとってもありがたいものだ。
「そうじゃないです」
「なにが?」
 一瞬だけ、彼の表情が曇った気がしたのは、気のせいだっただろうか。
「いいえ、なんでもないです。帰りましょうか」
 すぐに笑顔に戻った彼が、帰宅を促すようにおれの背を押した。
「おやすみなさい、ユーリ」
「うん、おやすみ、コンラッド。またな」
 何故か彼はいつもおれが道を曲がるまで見送ってくれるから、おれは何度か振り返り、彼の姿が見えなくなるまで手を振った。


(2014.05.18)