とある夜のこと
早く追いつきたいと思うのはこういう時だ。
「ん、んっ……」
距離が近づいたと思ったら、鼻先が触れ合った。
頭一つ分の差は大きくて、立ったままするキスは、ちょっとくるしい。
「……ン」
押し付けられるコンラッドの唇は少し冷やりとしているのだけれど、すぐにおれの体温と混ざって気にならなくなった。
目をぎゅっと閉じて、息を詰めて、だんだんとくらくらしてくる頭の中で、目の前の彼にしがみつく。
軍服の胸元の硬い生地を両手で握り締めると、腰に腕が回された。
確かに支えてくれてはいたけれど、持ち上げる動きに踵が浮き上がる。
「コ、ン……ぁ……」
背伸びした分だけ口付けが深まる。呼吸も体勢も苦しくて、抗議の声をあげようと開いた唇は、簡単に彼に塞がれてしまった。
手加減して欲しいけれど、やめて欲しいわけではない。
入り込んできた舌が、口の中をあちこち舐める。深いキスは初めてではないけれど、いまだおれはどうしたらいいのか分からない。
彼の動きを辿るようにまねて見せると、キスをしながら彼が喉の奥で笑ったのが分かった。
追いつきたいのに、追いつけない。余裕みたいなのを感じるたびにくやしいと思う。
主導権を奪われっぱなしで言葉を出せないかわりに、閉じていた目を開けた。滲む視界で、なんとか睨んだのに、返されるのは笑顔だった。
目を細めて、うれしそうだ。
おれはこんなにくるしいのに。
「笑ったわけじゃないよ。ただ、うれしくて」
更に深くなったキスが全部を飲み込んで、なにが、と問うことはできなかった。
「こういうのは、頭で考えなくていいんですよ」
「それは、経験からの発言デスカ?」
ぐるぐると高速回転する頭の中を見透かすみたいに降って来た助言に、つい恨めしい視線を向けてしまった。
いま、おれに覆いかぶさっている彼は、おれを悩ませている原因が自分だと分かっているのだろうか。
「ほんとに嫌だったら、突き飛ばしていいですから」
「そんなことできるわけないだろ」
「じゃあ、嫌じゃないんですよ」
言いながらも、ちゅ、と音を立てて唇が降って来る。顔中、あちこち。
すごく楽しそうな笑顔の彼は、最後に唇に触れてからおれの肩を押した。
背中がシーツにぴたりとついた。薄いシャツ一枚だから、冷たい感触がよくわかる。
「しがみついて、俺のことだけ考えていて」
「もう十分すぎるぐらい、あんたのことで頭がいっぱいだよ」
「愛してるよ」
恥ずかしいことばっかり言いやがって。顔から火を拭きそうだ。
「愛してるよ。愛してるから、あなたを全部ください」
一回りも身体の大きな彼が、おれの首に顔を埋めた。まるで大きな犬みたいに擦り寄ってくる。柔らかな髪が頬に触れると、くすぐったかった。
「あんたも、おれのものになるなら」
「最初から、俺の全部はあなたのものですよ」
彼を好きだということは、彼に好かれるということは、この、おれにとっては未知で恥ずかしい行為につながっているって分かっている。
好きだって自覚した時から、こういう未来を考えなかったといえば嘘になるわけで。
「なら、いいよ」
おれはいよいよ覚悟を決めて、食べられるマグロのような気分で彼の髪に手を差し入れた。
(2014.05.26)