幼馴染パロ
休日の成田空港の到着ゲートには、たくさんの人で溢れかえっていた。
帰国した人、来日した人、はたまた出迎えにきた人、その様子は様々だ。
「どこだろ」
愛用のGショックを確認したユーリは、辺りをみまわして首を傾げた。
教えてもらった飛行機の到着予定時刻はもうとっくに過ぎている。荷物の受け取りもあるから、もしかしたらまだゲートの中にいるのかもしれないけれど。
年上の幼馴染はいつまでたってもユーリを子ども扱いして「遠いから迎えはいらないよ」なんて電話口で笑っていた。どうしても行きたいのだと主張したのはユーリの方で、年下の幼馴染に甘い彼は、最後には「気をつけてくるんですよ」と笑ってくれた。
電話の向こうでは、きっとユーリがよく知る優しい笑顔が浮かんでいたことだろう。
せっかく彼が日本に帰ってくるのだ。家でなんて待っていられない。
せわしなく視線を動かしながら人ごみを縫って目当ての人を探し回ったユーリは、人の輪に行き着いた。
その中心に立つのは−−。
「コンラッド!!」
考えるより先に駆け出していた。
数ヶ月ぶりに会う幼馴染もユーリに気づいたようで、手にしていたバッグを床に置く。
最後に会った時と同じ笑顔で両手を広げてくれるものだから、ユーリは思い切り彼の首に飛びついた。
「久しぶりですね、ユーリ。少し大きくなりましたか?」
「分かる? 身長が伸びたんだ。2ミリだけど」
さすがに昔みたいに抱えた身体をくるくると回されるようなことはなかったけれど、同じ目線まで抱き上げられて頬ずりをされるとくすぐったい。
「子ども扱いするなよな」
抗議するユーリの声はどうしたって再会の喜びで笑いを含んだものになってしまうから、結局は両頬にすりすりとされるまで離してもらうことはできなかった。
「行きましょうか」
「おう。あ、バッグ持つよ」
「軽いから大丈夫ですよ。タクシー乗り場までですし」
ようやく床に足をつけることができたユーリが手を伸ばすより先に、さっと荷物を肩へと担いだコンラッドに背中を押された。
そこで、ようやく複数の視線に気づいた。
「なに、これ?」
「いいえ、なんでもないですよ」
コンラッドを囲むようにして、人の輪ができていた。カメラやマイクといった機材まである。
何か邪魔してしまったのだろうかと不安に感じながら見上げた先で幼馴染が微笑むものだから、ユーリは気にするのを放棄した。
だって数ヶ月ぶりに会えたのだ。話したいことがたくさんあるから。
「なるべく日本に居たい」とぼやくコンラッドは、世界をまたにかけるエリートサラリーマンだ。本人は謙遜するけれど、日本とアメリカを数ヶ月単位で行き来するその仕事ぶりは、ユーリから見ればあこがれであり誇らしくもある。同時に、寂しくもあるけれど。
『しばらくは日本にいられるので、たくさん遊んでくださいね』
そうユーリにお願いした通り、彼は週末の度にあちこちへとユーリを連れ出したり、どちらかの家でのんびりしたり、遊んであげているんだか遊んでもらっているのだか、ユーリ自身にももうわからない状態だった。
新年を迎えて三日目は、お正月はどこも混雑するからと並んでこたつに入ってぼんやりとテレビを見ていた。
外の寒さが嘘のように、暖房がきいた部屋はあたたかい。
カラフルな映像が流れ続けるテレビの内容にあまり興味のなかったはずのユーリは、画面の中に見覚えのありすぎる姿を見つけて目を丸くした。
「なあ、これって」
「俺ですね」
まさか、と隣に座る幼馴染と画面を見比べると、当の本人がのんびりと頷いた。
背後に映っているのは先日ユーリも出かけた成田空港だ。思い出すのは、コンラッドを取り囲んでいた人だかり。
そうか、あれはテレビの撮影だったのかと納得しつつ、ユーリの視線は画面に釘付けだ。
『YOUは何しにニッポンへ?』
番組タイトルにもなっている決まり文句の質問と共にマイクを向けられた先にはコンラッド。
映画俳優だと言われても納得してしまう姿はカメラの前でも堂々としたもので、誰でも一目で好きになってしまいそうな柔らかな笑みを浮かべた彼に、周りから黄色い声が沸きあがる。
『大切な人に会うために来ました』
ユーリは、思わず隣へと顔を向けた。
返されるのは、テレビと同じ笑顔だ。
テレビからは、恋人かと訪ねるインタビュアーの声がする。
「あんたにそんな人がいたなんて知らなかった」
生まれた時から隣の家に住んでいた幼馴染は大変モテる。それこそ、大学時代には夜の帝王なんてあだ名が聞こえてきたほどで、恋人の一人や二人いてもおかしくはないのだけれど。
どうしてだか、ユーリの前では女性の影なんて見せないものだから、まだまだ自分が一番だと思っていたのに。
『恋人になりたいとはずっと思っているんですが、なかなか伝わらなくて』
「鈍感な人ですからね。そこが可愛くもあるんですが」
かわいいという言葉をコンラッドはよく使う。
ユーリに対しても例外ではなく男子高校生として嬉しくないとよく抗議したものだけれど、それを自分以外に使われるという状況がこんなに腹立たしいなんてユーリは知らなかった。
どこの誰だと怒り出したいような、泣き出しそうな顔になったユーリへと、どういうわけかコンラッドはテレビを見るように促した。
もう見たくないと思いながら画面を見れば、腹立たしいほどに格好いい幼馴染の姿が相変わらず映し出されている。
「そろそろかな」
「何が」
映像の端から飛び込んできた新たな人影に、ユーリは目を見開いた。
『コンラッド!!』
満面の笑顔の自分が幼馴染に飛びついていた。抱きとめる彼も満面の笑顔だ。
「あなたのことですよ、ユーリ」
映画のような再会シーンに驚き固まるユーリは、耳へと触れそうなほど唇を近づけたコンラッドの言葉に、いよいよ言葉をなくして固まった。
(2015.01.21)