お出かけ
「疲れましたか?」
「だいじょうぶ」
雑踏を歩く足が重いことを見逃してくれない名付け親に声をかけられて、笑顔を作ったら困った顔を返された。
そうですか、と彼はそれ以上言わないけれど、大丈夫じゃないおれのことなんてお見通しといった顔だ。
「少し休憩してもよろしいですか? 喉が渇いてしまったので」
自分がそうしたいのだと主張した彼は、おれの手をとって路地を曲がった。
ひとまわり大きな手に包まれた右手が熱い。
甘いにおいをさせた出店で何かを買う間も、彼は器用におれの手を離すことはなくて。
「コン……じゃなかった、カクさん、おれも持とうか?」
「大丈夫ですから、坊ちゃんは転ばないようにだけ気をつけて」
前を向いたままそう言った彼の言葉に、どきりとしたのは前も足元も見ていない視線の先に気づかれたのではないかと思ったからだった。
繋いだ手から目が離せない。
『一緒にお祭、まわりませんか?』
街に出て最初に声をかけてきたのは、とても綺麗な女性だった。おれの存在なんてまったく目に入っていないようで、丸く膨らんだ胸を押し付けるようにしてコンラッドの腕へと絡んでいた。
すぐに彼は断ってくれたけれど、その時に感じた言いようのないもやもやが消えずにいる。
先約があるので、って。
約束がなかったら出かけていたのか、なんて聞けるはずがない。
「わっ」
顔に感じた衝撃に、思わず目をきゅっと閉じた。
「大丈夫ですか?」
問われて瞼をあげると、飛び込んできた顔に更に驚く。
いつの間にか足を止めていた彼の胸と衝突したらしい。
「ユーリ?」
どうしたの?と問いたそうにおれの顔を覗き込む彼の表情がやさしくて、なんだか無性に泣きたくなった。
一緒にいるのに、まだ足りないなんて。自分のわがままさに気づかされる。同時に、どれだけ彼が好きなのかも自覚して、どうしたらいいのかわからない。
銀色の星が散ったきれいな瞳が、おれだけをうつしてくれていることに気づいて、ゆっくりと息を吸ったら鼻がツンとした。
「コン、ラッド」
「はい」
名前を呼ぶと彼は口元を和らげて、一度だけ頷いてくれた。
おれが落ち着くのを待ていたのだろう。
「ごめんね」
そう断ってから離れていった彼の手を、つい視線で追ってしまったおれは、口に押し付けられたやわらかな感触に目を丸くした。
「はい、どうぞ」
少し冷めてしまったけれど、まだちょっと温かい。白くて丸い、甘い果物ジャムのはいった中華まんのようなもの押し付けられて、思わずそれをほおばった。
「……おいしい」
零れた呟きに、彼はうれしそうに笑うと近くの花壇に座るようにおれの背中をゆっくり押した。
「いろんな味があるんです。今度、他の味も試してみましょうか」
「うん」
ひとくち、ふたくち、ほおばるほどに口の中でやさしい味がする。
心を落ち着けてくれるそれに、コンラッドみたいだと思いながら、彼のくれた次の約束にこくりと頷いた。
(2015.01.21)