船上にて
放っておくと甲板でいつまでも水平線を見続けている主の姿を、ただ見守るのがヨザックの今の仕事だ。
食事と睡眠をしっかりとって、姿をくらまさないでいてくれるならばそれでいい。
出来れば海風の当たらない船室にいて欲しいのが正直なところだが、それを強いるつもりはなかった。
凛と背筋を伸ばした彼は何を想っているのだろうか。今、ここにいない男への悪言か。それとも、嘆きか。
初めて彼に会ったのは即位して間もない頃だった。その時に感じた子供特有の甘さを向けられた背に見つけることができずにヨザックは太陽の光を吸い込む黒髪を見つめて目を細めた。
「そろそろ戻りましょうや。風が冷たくなってきた」
声をかけたが反応がない。けれど、聞こえてはいたようで、欄干に添えられていた指がぴくりと反応をみせた。
こんな時、あの男ならばどんな言葉をかけるのだろうかと、幼馴染を思い浮かべてみるけれど、きっと同じ言葉を口にしたところでなんの意味もないのだろう。苦笑混じりに近づいて、冷えた肩へと上着をかけた。
ゆっくりと振り向いた少年の頬は少し線が細くなっただろうか。ただ、高貴と謳われる瞳の強さだけは変わらない。
欄干から離した指で風を防ぐように上着の前を合わせた彼は部屋へ戻ることを一瞬だけ躊躇って、けれどヨザックに促されて船の縁から一歩下がった。
「すみませんね」
考えるより先に、言葉が出ていた。
謝罪の理由を口にしなかったのは、自分でも何を謝りたいのかがよくわからなかったせいだ。
物思いに耽る時間を邪魔したことか、一番傍にいるべきはずの男がいないことか、それともその身代わりとしてここにいるのが自分であることに対してか。
それでも謝罪せずにはいられなかったのは、この状況でも取り乱さない強さを見せる彼が肩の力を抜くための手助けを出来ないことに対する申し訳なさからだ。
「ヨザック」
船室へ続くドアを潜る際に、ふと足を止めた彼が振り向いた。
「どうしたんです?」
ニッ、と笑みを返しながら、少し大げさに首を傾げて見せると、彼も僅かに口許を緩めた。
「いてくれて、ありがとう」
それだけ言うと、自分の言葉に照れたように彼は足早に部屋へと入って行った。
目を瞠ったヨザックができたのは、その背中を見送ったことだけだ。
「どうして」
小さく零した呟きは、誰に聞かれるともなく船内の細い通路に落ちて消えた。
どうして、ああも強くあれるのか。船の行く先を見つめ続けた凛とした背中を思い出す。
決して取り乱さず強くあろうとする彼の、僅かながらも手助けになれているのだろうか。
古い付き合いがなんだというのだ。幼馴染など知ったことか。何か理由があってのことだと庇う気持ちなど捨ててやろう。
あいつなんかのためではない。
ただ、彼のために、彼を守ろう。
どこまでできるのかは分からないが、すべてを捧げる覚悟は決まった。
(2015.02.12)