昼下がり


 毛足の長いラグの上、長い足を組んで座ったコンラートは背中にかかる重みがずるりと下へ移動したことで手にしていた本を床へと下ろした。
「ユーリ?」
 呼びかける声が小さいのは、大きな声が必要ないほど相手がすぐ近くにいたからだ。そして、眠ってしまった彼を起こさないためでもある。
 返事の変わりに聞こえてくるのは健やかな寝息だ。さきほどまで彼が広げていた本は、ゆるやかに上下する彼の腹の上で伏せられていた。
 ソファもいいけれど、日本人としてやっぱり床に直接座るのも好きだと彼が言い出したのはずいぶん前のこと。
 残念ながら畳はないので、代わりに用意したのは直接座ってもお尻が痛くならない毛足の長いラグだった。
 コンラートの部屋でならば、行儀が悪いと怒られることもない。
 ごろんと寝転んだり、二人で座って話しこむこともあれば、今日のように互いを背もたれがわりにして読書をすることもある。
 窓の外の冷たい空気はガラスに阻まれて、入ってくるのは温かな陽の光だけ。ぽかぽかとした陽気に呼び起こされた睡魔に勝てなくなった彼が、コンラートの背中で寝息を立てるのにはそう時間がかからなかった。
「……」
 つい、クスッと笑みが零れる。
 刺激をせぬように、首だけを後ろへ向けても見えるのは黒い頭のみ。
 コンラートは慎重に身体を横向けると、倒れかけた大切な子供を寝かせるために膝を枕として差し出した。



 居心地がいいんだ。
 そう口にした通り、すっかり寛いでくれた様子が嬉しくもある反面、あまりの無防備さに心配にもなる。
 見下ろした寝顔はあまりにも健やかで、力が抜けた身体はすべてをコンラートへ預けきっていた。
「警戒心がないんだから」
 頬を撫でながら、寝息をたてる唇へと親指で触れてみる。
「襲われても知りませんよ」
 小さくひとりごちた言葉は、眠る彼には届かない。
 膝にかかる重みが、耳を擽る小さな寝息が、あまりにも幸せすぎるから。
 コンラートはそれ以上は動けずに、ただ眠る大切な子供の顔を眺めるしかなかった。


(2015.02.12)