幼馴染パラレル
「ユーリ、聞いてますか?」
「き、聞いてるし」
実は頭に入っていなかったのだけれど、ユーリはとっさに嘘をついた。
クスッと笑う声が耳を擽ったのは、きっと嘘だとバレていたからだ。
「もう一度、最初からやりますね」
一言断ったコンラッドは、ユーリの首元のネクタイとするりと解いた。
後ろから伸びてきた腕がユーリの身体を抱きしめるようにして首元で動く。ただ結び方を教える為だと分かっているはずなのに、コンラッドの腕が動くたびにユーリの心臓が強く乱れた。
『ネクタイの結び方を教えて欲しい』
そう年上の幼馴染にお願いしたのはユーリだった。
社会人として日々スーツを着こなす幼馴染と違い、中・高と学ランを着こなすユーリにとって、ネクタイとは馴染みがないアイテムだ。
にもかかわらず興味を持ったのは、いつまでたっても新婚気分が抜けない両親のせいだった。
年甲斐もなく、父親のネクタイを結んでやる母親の姿も、嬉しげに目尻を下げて笑う父親の姿も息子として気恥ずかしいのだけれど、スーツを羽織る父親の姿を幼馴染に重ねて、ほんの少しだけうらやましいと思ってしまった。
してあげたいと思った相手に教えを請うのもどうかと思わなくもなかったけれど、結局ユーリはコンラッドに教えを請うた。
昔から、いつだってユーリが頼る相手はこの年上の幼馴染だ。そして彼もまた、いつだってユーリを助けてくれる。
「分かった?」
「あ、うん」
物覚えの悪い生徒に何度も教えさせるのも申し訳ないと思うのに、やってみて、と腕が離れてしまうと首元が少し寂しい。
教えてもらった通りに左右の長さを調整して、どうにか試してみるのだけれど、彼がするようにうまくいかずにユーリは情けなく眉を下げた。
「すぐに慣れますよ」
大丈夫と後ろで彼が微笑んだ。彼はどんなときも穏やかでやさしい。
「何度でも教えますから」
「ありがと」
「でも、どうして急にネクタイの結び方を?」
もう何度目かわからないというのに、変わらず丁寧な手つきでネクタイを結びながら、優しい声音がたずねてくる。
「ナイショ」
ドキン、と鼓動を一つはねさせながら、ユーリはそっと視線を逸らした。
「うまく結べるようになったら教えてやるよ」
「はい」
続けた言葉に、コンラッドが笑う。笑い声が耳を擽るのにつられて、そちらを伺ったユーリは、向けられた視線のやわらかさに少しだけ耳を赤くした。
(2015.03.14)