余裕なんてない話
「どうしました?」
至近距離からの強い視線を感じて、コンラッドは笑みを零した。
膝の上の恋人は、一緒に上がったベッドの上で潔いほど豪快に服を脱いでくればかりだ。
小さな下着を身に着けただけのとても素敵な姿だというのに、その視線はいささか強すぎるほどで甘さが少ない。
鼻先が触れ合いそうな距離でむずかしい顔をする恋人に、どうしたのかと問いかけると「だって」と不満げな声が返された。
「なんか、ずるいなって。あんたばっかり余裕でさ」
くやしそうに続いたそれはあまりにも予想外で、コンラッドは軽く目を瞠って、それからゆっくりと笑みを深めた。
自分は余裕がないのだと告白していることに、彼は気づいているのかいないのか。
「あなたを前にして、余裕なんてないですよ」
「うそだ」
「俺はあなたに嘘なんてつきませんって」
嘘なんて何一つついていない。あるのは余裕ではなくて、年上としての意地と、できれば格好良く見られたいという見栄だけだ。
けれど、残念ながら信じてもらうことはできないらしい。
「ぜったいに、うそだ」
うまく隠せていることを喜ぶべきか、信じてもらえないことを悲しむべきか。
コンラッドは少し悩み、結論を出さぬまま考えることを放棄した。
今、考えるべきは目の前の恋人とどんな時間を過ごすかということだ。
伸ばした腕を恋人の背中へと回して引き寄せる。素直に胸の中に倒れこんできてくれる身体を抱きとめて「あいしてるよ」と囁けば「やっぱりずるい」と彼は不満そうに、けれど嬉しそうに呟いた。
触れられた瞬間、ぴくりと動いた指先からコンラッドは意識して力を抜いた。
貸して、と言われた右手はいまは少年の両手の中。
どうする気なのだろう。
注意深く見守った先で、手袋越しに触れていた指が、覆うもののない手首に触れた。
思っていたよりも高い体温の指先が手袋を脱がせていく。普段、自分がするように乱暴に引っ張るのではない。まるで壊れ物を扱うように。そうっと手袋が指から引き抜かれると同時に、手首に感じたあの体温を今度は手のひらに感じた。
少年のものとは違う。傷だらけの手のひらはお世辞にも綺麗とは言いがたい。
痛ましそうな表情に、されるままにしたことを後悔したコンラッドは手を引こうとしたのだけれど、振りほどくには彼の体温は惜しすぎて、結局は彼にされるままだ。
無数の傷跡を数えるように一つずつ撫でられられていくのを、コンラッドは落ち着かない自身を自覚しながら見守った。
(2015.05.31)