「浮気してやる」と言わせてみた
「浮気してやる!!!」
考えるより先に叫んでいた。自分の言葉に、我ながらびっくりだ。
別に、本当にしたかったわけじゃない。ただ、おれの気持ちを分かればいいと思っただけで。
だって、悪いのはコンラッドだ。おれがダンスが苦手なのを知っているくせに、踊っていらしたらどうですか、なんて人の背中を押しやがって。相手の足を踏まないようにとおれが四苦八苦している間に、自分は優雅に美女と踊っていた。しかも、たのしそうに。
「ほ、本気だからな」
勢いにまかせて、言葉を続けた。
残念なことにモテない暦十六年のおれのこと。どういう運命の巡り会わせか、恋人ができたとはいえ、そう簡単に浮気ができるとは思えなかったけれど。
謝られるか、宥められるか。それとも、そんなことできないと思われるだろうか。
三つ目の可能性が一番高いかなと、自らの考えにちょっと凹んだおれは、コンラッドの表情にびっくりして、次に言おうとした言葉を忘れてしまった。
「するんですか?」
怒るでも焦るでもなかったけれど、彼はとても真剣な表情をしていた。
「浮気、するんですか?」
近い距離にあるおれを覗き込むその顔に、いつもの笑顔がまったく見当たらない。
てっきり、そんなことしないでしょう? なんて軽く言われると思ったのに。
あまりに真面目な彼の様子に、さっきまでの勢いをそがれたおれは、少し悩んで、肩の力を抜いた。
「……おれに、できると思うのかよ」
もともと、勢いで口にしただけの言葉だ。そんなことをしたいとも思っていなかった。
あんただけだよ、なんて言ってやるのはやっぱりくやしいから「しないよ」とだけ小さく呟く。それを拾って、コンラッドの表情にいつもの笑顔が戻ってきた。
「あなたはそんなことをする人ではないと信じていますが、あなたがすごくモテるのも知っているので心配なんですよ」
相変わらず、彼の言葉は大げさだ。けれど、先ほどの表情を思い出せば、彼がいかに本気かは明白で。
「あんたって、実はめちゃくちゃおれのこと好きなんだな」
「なにを今更」
当然でしょう、とあまりに真面目に返されるものだから、おれは先ほどまでの怒りを忘れて、照れるより先に噴き出した。
(2015.11.16)