鈍感なひと
「コンラッドって意外と鈍感だよね」
恋人の発言を受け、コンラートは瞬きをしてからまじまじと相手を見た。
突然、なんてことを言い出すのか。
それなりに長く生きてきたが、これまで鈍感だなんて言われた記憶はなく、むしろ気が利く方だと思っていた。特に彼に対しては、大切にしたいと常に気を配ってきた自信がある。
「ユーリ?」
むしろ鈍感なのはあなたの方だ、と。つい喉元まででかかった言葉を飲み込みながら、コンラートは眉根を寄せた。
「……」
「……」
しばし、無言のまま見つめあった。
視線の先の恋人は何が気に入らないのか、少し拗ねたような顔をしてみせる。それさえも、甘えが混じってかわいくも見えるほど、コンラートは彼に参っていた。
恋人となって一ヶ月。コンラートは、年の離れた恋人といまだ清い関係を保っていた。
なにせ相手は十六歳だ。この国では成人でも、彼が生まれ育った国では親の庇護の元にあってしかるべき年齢。しかもコンラートが十六歳だった頃と比べると純粋すぎるほどに純粋で、恋愛というものにまったく慣れていない。
だから、彼が自分をそういった意味で「好きだ」と言ってくれたことを奇跡のように感じたし、彼のペースに合わせようと心に誓ったものだった。
たとえ彼が名付け親子でしかなかった頃のように、当たり前のように枕を抱えて部屋に泊まりに来ても、笑顔で出迎えて話し相手に徹したし、少ない休みも部屋に閉じ込めて爛れた時間を過ごすなんてことはなく健康的に外に出かけた。
コンラートは大人とはいえ枯れたわけではない。恋人と共に過ごせば、触れたくなる。触れて、抱きしめて、キスをして、肌を重ねてその熱を直接感じたい。
理性を総動員して爽やかな笑顔で隠してみせたのは、すべて自分に向けられた無邪気な信頼を守るためだったというのに。
コンラートがどれほどの理性を総動員しているかも知りもしないで、鈍感だなんて。
「鈍感、ですか?」
「そう」
尋ねれば、ユーリは縦に首を振った。
今夜も彼はコンラートの部屋に泊まるべく、色違いの寝間着を身に着けて、持参した枕を抱えたかわいらしい格好だ。お互いの身体からほのかに香る同じ石鹸のにおいが、コンラートをどんな気持ちにさせているかなんて気づきもしない。
「えーっと、どこがですか?」
引き釣り気味の笑顔で尋ねたコンラートに対して、ユーリはますます分かっていないなと言いたげにため息をついて見せた。
そして二人で眠るには少し狭いベッドの上を転がって、コンラートの胸へと飛び込んでくるではないか。
こういった接触は、うれしいけれど困ってしまう。抱きしめたい。だが、抱きしめればそれだけですまなくなりかねない。無意識に、腰が引けたのは鼻をくすぐる彼のあまい匂いのせいだ。
やっぱり彼は鈍感だと改めて思い知らされたコンラートが、そろそろ寝ましょうかと提案をすると、ユーリは不服そうな顔ながらも反対側へと転がっていった。
「おれが誘っていることに、ちっとも気づかないとこだよ」
向けられた背中が告げた言葉に、コンラートは頭を殴られたような衝撃を受けた。
以前よりも増えたお泊りの回数に、寒いからと寄せられた体温、物言いたげな視線ーーもしやと思うことが、次々に頭を過ぎる。
コンラートは空いた距離をつめると、寂しそうな背中を引き寄せた。
「ユーリが言う通り、鈍感なのかも知れません」
(2016.05.07)