バレンタイン


 ちらちらと隣を覗ったユーリは、視線に気付いて緩く首をかしげる恋人に曖昧な笑みを返した。
 内心でコッソリため息をつきながら、視線をテーブルの上の小さな箱に向けてみる。
 半分に減ったチョコレートは、さきほどユーリがコンラッドに食べさせた。「バレンタインだから」と照れつつも口許に運べば、コンラッドはうれしそうに目を細めながら口を開けてくれた。
 ……まではよかったのだけれど。
『どんな相手もこれでイチコロ。一晩限りの効果はバツグン。身体に害はありません。安心安全な品物です!』
 って言ってたのに、ぜんぜん効いてないじゃないか、グリ江ちゃん!
 十分…二十分……と時間が経過しても、隣にいる恋人の様子はいつも通り。ユーリの他愛のない話に耳を傾け、にこにこと相槌を打ってくれている。
 とても媚薬を口にした相手の反応じゃない。
 もう何度目かわからなくなりつつもコンラッドの様子をこっそり覗ったユーリは、やっぱりいつも通りにしか見えない恋人の姿をみて、効果なし、と結論付けた。
 もしかしたら、ヨザックにからかわれたのかもしれない。
「怒らずに聞いてくれよ?」
 ものすごく期待したからこそがっかりしたのだけれど、同時にほっとした気持ちもある。
 だから、ユーリはうっかり口をすべらせてしまったのだ。
 笑い話のネタになると思って。
「−−って訳なんだけど、まったく効かなかったみたいでさ。グリ江ちゃんにかつがれたみたいだ」
 媚薬入りのチョコレートなんて、あるわけなかった。
 笑いながら、テーブルの上に残ったチョコレートに伸ばしたユーリの手が、大きな手に阻まれた。
「コンラッド?」
 驚いたのは、邪魔をされたからじゃない。ユーリの手を掴んだコンラッドの手のひらが、じんわりと汗ばんでいたからだ。
 はじかれたように隣を見て、目を瞠った。
 さっきまでの笑顔がない。僅かに眉を寄せたコンラッドが、深く長いため息をついた。
「お誘と思っていいんですね?」
 手を引かれながらの問いに、ユーリはこたえるかわりに喉を鳴らした。


(2016.05.07)