あんたなんて、大嫌い


「あんたなんて、大嫌いだ!」
 面と向かって誰かに嫌いだなんて言ったのは、初めてかもしれない。
 本当はごめんと謝るつもりだった。それから、庇ってくれてありがとう、とも。それなのに、口走ったのは正反対の言葉で、自らの言葉に驚いたおれはその場から逃げることしかできなかった。



 覚えているのは、いつもより厳しい声で名前を呼ばれたことと、強い力に引っ張られたこと。
 咄嗟に目を閉じたおれに覚悟した衝撃はおとずれることはなく、恐る恐る目を開いた先に見えたのは崩れ落ちるコンラッドの姿だった。
 彼が死ぬかもしれないと思った瞬間に、一気に身体中の体温が下がり心臓が止まるかと思った。
 いまも思い出すだけでおそろしい。震える身体を抱きしめるように、引き寄せた膝に額を押し付けた。滲んだ涙が零れ落ちて頬を濡らしていくけれど、止め方が分からない。
「コンラッドなんて、嫌いだ」
 さっきの威勢は消え去って、呟く声にまで涙が滲んだ。
 彼が悪いのだ。何日も目覚めないほどの大怪我をしてさんざん心配させておきながら、目覚めておれを見るなり「無事でよかった」なんて笑うから。
 心配と安堵の気持ちの大きさの分だけ膨れ上がった怒りが一気に爆ぜた。
 怪我までして守った相手にあんなこと言われて、彼は怒っただろうか。視界は涙で滲んでいて、逃げ出す前に見たはずの彼の表情は分からなかった。
 コンラッドは魔王の護衛だ。守られなければ怪我をしていたのはおれ自身で、もしかしたら死んでいたかもしれない。彼の行動は正しかった。頭では分かっている。これまでだって怪我がなかっただけで、いつでも守ってくれていた。これからも必要があれば彼はその身をもっておれを守ってくれるのだろう。
 いくらおれが命をかけるようなことはやめてくれと頼んだところで、彼は決して聞き届けたりしない。
 当たり前のように実行してしまう彼を嫌だと思う。
 でも。
「……いちばん嫌なのはおれ自身だ」
 嫌いなのは、そうやっておれのために命さえかけてしまう彼じゃない。
 手でも胸でも命でも。
 そう言った彼の言葉に嘘がないと知っていたはずなのに、本当の意味で理解できていなかったばかさ加減と、理解してもなお彼に側にいて欲しいと願い、遠ざけることができない自分の我がままさだ。


(2016.10.12)