獅子と住んでます - すずしろ苑/聖護院ひじりさま

 コンラッドとの関係がペットと飼い主から恋人に変化してもうすぐ…夏休みが来れば一年になる。
 大学とバイトで日中ウチに居ることは少なくて、この日曜日は久しぶりにまるっと空いた休日だった。
 同じ部屋に暮らしていて、ただいまと帰れば迎えてくれるのはコンラッドで、行ってらっしゃいと送り出してくれるのも彼なわけだから、決してスキンシップが足りていないというわけじゃないんだけど。
 それでも一日コンラッドと過ごす休日っていうのは貴重で、日頃かまってやれない埋め合わせをしようと楽しみにしていた。
「日曜日どうする? どっか行く?」
「今度の? 横浜なんじゃないですか?」
 尻尾をゆうらゆらさせて応える恋人は、おれの贔屓のチームの試合日程もばっちり頭に入ってるらしい。
 けど野球にばっか付き合わせるのもなぁ、と躊躇したのは、『そんなことをしてたら彼女に愛想をつかされる』という一般的な情報が頭を過ったからだが。
「一時開始でしょう? 終わってから中華街でご飯を食べましょう」
 じゃ、いっか!


 なのに日曜日が近づくにつれて雲行きは怪しくなってきた。たとえじゃなくて本当に天気が。
 明日の天気予報が傘マークだけになった土曜日、ティッシュでてるてる坊主を作ってみたけれど、翌朝起きてみると雨。窓枠にセロテープで止めた奴は湿気を含んでクッタリなっていた。
 こっちも申し訳なさそうに垂れている丸っこい耳をモフモフ撫でてやって、だけど雨になったのはコンラッドのせいじゃないから気にすんな。
 手触りのいい耳を捏ねてたら、いつもに増してコンラッドが獅子っぽい気がする。
「なんです?」
「ん、いや…」
 あ、この髪のせいか。
「湿気でぼわってなってる」
 髪を引っ張って見せたら、コンラッドはぶるぶるっと頭を振った。
「違う違う、カッコいいって言ってんの。たてがみみたいで」
 髪に両手を突っ込んで耳の下を掻いてやる。うん。いつもよりずいぶんボリューミー。ワイルドだ。褒めてやると気を良くしたらしく、コンラッドが顔を舐めてきた。
「くすぐったいっ」
「もう一回言ってください」
「何を?」
「カッコイイって」
 おれはますますコンラッドの髪をぐしゃぐしゃにした。
「言わないよ。調子のるから!」
 コンラッドはわざと口を大きく開けて威嚇するみたいにキスしてきた。
 ほら。わかってやってる!
 けらけら笑いながらじゃれ合ってたら、いつの間にかコンラッドがのしかかっていた。
 二人きりの部屋に雨が響く。
 頬に手を伸ばしたら、コンラッドは睫毛を伏せる。促すままに唇が下りてきて、熱っぽくキスをした。コンラッドの髪がいつもよりも少しごわごわと指に絡まる。
 肌を重ねると温かくて、雨のせいで少し寒かったんだと気が付いた。


 意識の底に忍び込んできた雨音に目を開けた。おれを抱きしめるコンラッドの裸の胸。薄暗さに時間の感覚がつかめずに戸惑う。
 枕元の目覚まし時計を掴む自分も裸で、すぐに今が日曜の昼間でどうして裸で寝ているのだとかその辺の前後もばっちり思い出したのだけど、確かに時計の針は二時前を示していた。
 試合があったら三回くらいかな、と思ったけど、もうそれほど悔しくはない。
 コンラッドが額にキスをする。起きたのか、いや、きっと先に起きていたんだろう。
 寝乱れて、さらにすごいことになっている髪に指を差し入れると、キスは目の下に、鼻の頭に。転がされて仰向けになったら、唇に。膝を立てたのは無意識――いや、別に何ってわけじゃないから!
 だけどそれどころじゃなくなったのは、どうやらおれたちはあのあとそのまま寝ちゃってたらしいってことで――。
「――っ!!」
 言葉もなく慌てたのは、中を伝う感覚でだ。とっさに押しのけてしまったコンラッドがどうしたのかと問うてくるのに、言いようがなくて口をパクパクしていたら、肩を押されてまたキスされた。
「こらっ」
 わかっているくせに!
「もーっ、どうすんだよ。洗濯乾かないのに」
 ティッシュに手を伸ばすがとっくに手遅れだ。
 コンラッドがまめに洗濯してくれるおかげで、今まで乾燥機がないことに不自由は感じなかったけど。どうしよう、まいったな。
「洗い替えのシーツがあるから大丈夫」
「これを洗濯籠に入れとくのが嫌なの!」
 それならいい考えがある、とばかりにコンラッドの尻尾がシーツをパタッと叩いた。
「コインランドリーに持っていきましょう」
「どっか近所にあったっけ?」
「駅と反対側にずっと行って通りの信号の手前を右に曲がった…ちっさなカフェの横を入ったところに。銭湯の煙突があるでしょう? その隣」
 家と大学の往復がメインのおれと違って、コンラッドは実にこの近所のことを良く知っている。散歩コースから外れた場所を言われてもいまひとつぴんと来なかった。


 シーツと天気待ちだった洗濯を袋に詰めておれたちは出かけることにした。コンラッドの髪は櫛を入れてもやっぱりいつもよりぼわっとしているけど、おれが似合ってると言ったらまんざらでもない様子だった。
「俺が洗濯物持ちますから、ユーリ、傘持ってくださいね」
 言われてて自分の傘に手を伸ばすと、こっちの方が大きいからとコンラッドの傘を渡された。
 確かに自分のものよりずいぶん大きい。ってかこんな傘、普通に売ってんのか?
 コンラッドの言うように駅と反対方向に行けば銭湯の煙突が見えてきて、路地を入れば確かにコインランドリーがあった。
 洗濯物を突っ込んで待っている間に手前のカフェで遅い昼食をとった。可愛らしい店構えのわりに、頼んだサンドイッチの量が多くて満足。
「コンラッドよくこんなところにあるの、知ってたなぁ」
「ええ、この奥に美味しいお豆腐屋さんがあるんですよ。それで前を通るので」
「…へー」
 そんな情報はどっから仕入れるんだろう。昼間家に居るコンラッドはご近所づきあいもばっちりで、散歩の途中でおれの知らない奥さんに挨拶されるなんてのは日常だ。
「茶豆のお母さんが言ってたでしょう?」
 散歩でよく会うマメシバの飼い主のことだ。そうだっけ?
「ついでにお豆腐買って帰ります? 今日は肌寒いから湯豆腐でもいいんじゃないですか」
「シーズン最後の鍋だな。あ、鶏肉も入れて!」
「湯豆腐じゃなくなっちゃいますけどね」
 それでもコンラッドは笑って了承してくれた。帰りにスーパーにも寄ることにする。
「そろそろ洗濯終わるかな?」
 おれは結露したオレンジジュースのグラスを空にした。雨だけど、不思議とこんな休日も楽しいと思った。



聖護院ひじりさまより頂きました!

まさかの獅子です! しかもくっついた後です!!
(ご存知ない方もいらっしゃるかもしれないのですが、うちで書いてた獅子は大学生になった後でくっつくのです!!!)

いつの間にかしっかり恋人になっている二人がたまらんです。
二人の関係がかわいいのに生々しくて、かわいいですね!

素敵な誕生日プレゼントありがとうございました!

(2014.06.26)