First Impact


 俺がようやくコンラートとの「お付き合い」とやらに慣れた頃。
 魔王陛下の寝室での就寝前の儀式、その日もいつも通りのキスだった。
 途中までは。


 相変わらず腰が引けてい俺のことなんてお構いなしに、唇を貪られる。
 いつもは優しさは嘘なんじゃないかと思うぐらいにこういう時のコンラートは激しい。
「ユーリ」
 キスの合間に、掠れた声で俺の名前を呼ぶ声はセクシーだ。
 まるで映画のワンシーンみたいな、長いキスから解放された俺は腰が抜けかけていて、悔しいけれど先ほどからしっかりと腰に回されている腕に助けられている。
「あんた、いつも爽やかなフリしてエロいよな」
「あなたにだけですよ」
「……っ」
 俺のついた悪態は、さらりと流されてしまう。
 勝てないのは、人生経験のせいなんだろうか。
 恋愛も人生も若輩者なんだから、もう少し手加減してくれてもいいと思うんだ。
 ふいに俺を支えていた腕が緩み、ベッドへと倒された。
 一緒に倒れてきたコンラートの手は俺の耳の横。体重をかけられているわけじゃないけど、空気の重さのようなものが身体をベッドに縫い付ける。
 二人分の重みで、ベッドが軋んだ音を立てた。
 この状況、さすがの俺だって何をされようとしているのか理解できる。
 コンラートの顔がゆっくりと近づいてくる。キスされるのかな?という予想が外れて、唇は耳元へと寄せられた。
「ユーリ」
 低音が耳を擽る。
 耳たぶを食まれ舐められ、濡れた音に、唇や舌の感触に下半身が熱を持つ。
「…コン…ッド…」
 声がうまく出せない。
 そもそも、止めたくて名を呼んだのか、応えたくて名を呼んだのか、自分でもよく分からない。
「ユーリ、愛してます」
 混乱する俺を他所に、コンラートの手は止まらない。
 耳たぶを食んでいた唇が、首筋から鎖骨へと骨の上を辿る。舌先が触れた場所が、空気に触れてスースーした。
「愛してます」
 男同士で、と思わなくもない。
 けれど。
 囁かれる甘い誘惑が俺の思考の邪魔をする。
 不意に肌蹴た胸元を骨ばった指先が撫で、身体が跳ねた。
 繰り返し撫ぜる無骨な手。いつも自分を支えてくれる手。それが今日は自分を追い詰めようとしている。
「…ぁ……」
 男も胸を触られると気持ちいいんだと初めて知った。
 触れていないほうの突起を口に含まれる。いつもキスされるとき、自分の舌に絡まってくるのと同じ動きで、舌先で転がされ、喉が鳴った。
 意識せず、声が漏れる。
 逃げられないのは何故だろう。
 拒めない。
 ズボンのベルトに手が伸びてきた。
 さすがにそこは…と腰が引けるが、コンラートは逃がしてくれない。前を寛がせ、下着の上から撫でられる。ソコは既に熱を持って反応をしていた。
 触ったコンラートも分かっていたはずなのに、何も言われなかった。けれど、微かに口元が上がったのに気づいて、急に恥ずかしくなる。
「腰、あげてください」
 汚してもいいんですか?
 囁くような問い。
 俺に拒否権なんてない。
 言われるままに腰を浮かせたら、ズボンを両足から抜き取られた。
 下着はいつもの紐パンだ。頼りない両サイドの紐を引いただけで、下肢を隠すものがなくなってしまう。
「気持ちいいですか?」
「ぁ…やっ…」
 年頃のオトコノコだ。自分で触ることだってある。けれど、他人に触られるのは初めてだ。
 自分でするのと比べ物にならないほどの快感に、喉が引きつった。
 先端から溢れ出したものがコンラートの手を汚し、動きをスムーズにして俺を追い詰める。
 気持ちいい。
「っ…あ、…だ・め…っ」
 ふいに手がとまりほっと息を吐き出した瞬間、張り詰めた自身が温かいものに包まれた。
 コンラートの舌がねっとりと絡み付いてくる。
 気持ちよすぎて、苦しくなる。
 きつく閉じた目元に涙が滲んだ。
「イッていいですよ」
「…ぁ…、……あぁあっ…!」
 喋る度に歯があたる。
 一際きつく吸い上げられ、視界が真っ白に染まった。


 息が整うよりも先に、服を脱いだコンラートに腰を引き寄せられた。
 まだ力の入らない脚を大きく開かされ、双丘の奥に濡れた指先が触れる。
「ちょっと我慢してくださいね」
「ぇ…どこ触って…?」
 つぷ…っと、俺の意思には関係なくそこは差し込まれた指を飲み込んでいく。
「痛くないですか?」
「…ぁ、抜いて…、やっ…」
 痛くはない。
 けれど、確かな圧迫感が指の存在を俺に主張し、戸惑う。
 具合を確かめるように、抜き差しされる指の動きは酷く緩慢だ。
 ゆっくり、ゆっくりと。増えた指が、俺の放った精を内壁へと塗りつけ、解していく。
「ぁ…ぁ…、っ…んん…」
 きつく締め付けて異物を拒否しようとしていた場所が、今は俺の意志に反して蠢いていた。
「も…やだ…っ…」
 自分が自分じゃないみたいだ。
 目を閉じたら、目じりから涙が零れた。
 コンラートが労わるように涙の痕にキスをくれる。でも、手は止めてくれない。
 もう許して。
 意識せず、呟きが漏れていた。
 奥へと突き入れられた指先が、奇妙な感覚をもたらして、腰が跳ねる。
 痛くてもいいから。
 緩慢な動きじゃなく、いっそ激しく突いて何も考えられなくして欲しい。
 恥ずかしくて、気持ちよくて、それが苦しかった。
「ユーリ…」
「…っ、ぁ…」
 名前を呼ばれて、うっすらと目を開けたら、コンラートの濡れた瞳とぶつかった。
 ユーリ、ともう一度、呼ばれる。今度は音にならなかったけれど、唇の形で理解できた。
 キスしたい、と思った。
 キスなんていつもしてるけど、自分からしたいと思ったのは初めてだ。
 シーツを握り締めていた手をはずして、首に絡めて引き寄せてみる。
 濡れた色を湛えた瞳が、嬉しそうに少し細まり、望みどおりキスをくれた。
「…ん、コン…ラ…、ド…っ…ふ」
 何度も角度を変えながら啄ばむ。
 いつの間にか引き抜かれていた指の変わりに、違うものが奥へと押し当てられて再び身体が固まった。
 ゆっくり、指とは違う圧倒的な質量が押し入ってくる。
「…ぁ、っ…う…ぁ…」
「愛してます」
 優しくキスをし、慰めるように手が腰や脚を撫でてくれる。
 痛い。苦しい。そして、なによりも熱い。
「…入り、ましたよ…。大丈夫…ですか…?」
 お互いに呼吸が荒かった。聞いてくるコンラートも眉根を寄せて、辛そうだ。
「だいじょ…ぶ、へーきだ…」
 ぜんぜん大丈夫なんかじゃないけれど、自然と口からは違う言葉が零れた。
 首に回していた腕に力を込めて、目を閉じる。
 不思議と、嫌悪感はなかった。
「いい…よ、動いて…も…っ…ぁ…」
 いい終わる前に、コンラートの腰が動いた。
 しがみつくように腕に力を込めながら、内臓をえぐられるような感覚をやり過ごす。
「ぁ…、あぁ…っ…」
 奥を抉られる。
 腰が疼いた。
 辛いだけじゃない、甘い感覚に戸惑う。
「や…やだ…っ、おかし…っ…、…あぁ…」
「ユーリ…っ…」
 しがみ付いたコンラートの身体も、汗ばんでいた。
 名を呼ぶ声に余裕の無さが伺えて、嬉しい、と素直に思えた。
「コンラ…っ、…ド…ぁ、……だ」
『好きだ』
 掠れてうまく言えた自信がない。伝わっただろうか?
 コンラートの身体がピクリと不自然に震えた。
 流されっぱなしで、振り回されっぱなしで、どうしてなのか分からないけれど。
 愛しいと思った。
「愛して…ます、…ッ…ユーリっ…」
 一際激しく突き上げられる。
 一度達したきり、触れられぬままだった俺自身も、張りつめていた。
「ぁ…ぁああ……っ!」
 コンラートの手が、俺の熱に触れて、促されるままに精を吐き出す。
 同時に、コンラートが俺の中で弾けた。
「っ…、ぁ…はぁ……」
 ようやく解放された身体は、力が全く入らない。
 されるがままに、コンラートに抱きしめられて、俺は意識を手放した。


『愛してます』と、夢の中でも聞こえてきた気がした。


(2009.07.25)