Second Impact


 相変わらず、就寝の儀式は続いていた。
 おやすみなさいのキスにしては、些か長く濃厚ではあったが。
 今夜もたっぷりと。苦しくて涙目になるまで唇をむさぼられたユーリは、半ば呆然とした状態でベッドへと押し込まれた。
「では、陛下。おやすみなさい」
「……」
 憎たらしいほどに爽やかな笑顔に返事を返す余裕もない。
 ようやくユーリが我に返ったのは、にこやかな笑顔の護衛が部屋を辞してしばらく経った後だった。


「なんなんだよ、コンラッドのやつ」
 ベッドで目を閉じても、一向に睡魔はやってこなかった。
「あんなことされて眠れるわけないじゃないか」
 聞く者のいない言い訳を続けながら一人きりで廊下を歩く。
 慌ててついてこようとした兵士には、ついてきてくれるなとお願いした。兵士は明らかに困っていたが、護衛のところに行くだけだからと王に頼み込まれては、どうにも逆らえずに諦めてくれた。
 目的地にたどり着きノックすると、間もなく目的の人がドアを開けてくれた。寝る前なのだろう、夜着に着替えてある。
「陛下、どうなさったんですか?」
 部屋へと招きいれながらも視線が背後に向けられたことに気づき、兵士は怒らないでやってくれと頼んだ。自分が頼み込んだのに怒られたのでは申し訳ない。
「あんたのせいで眠れないから、来た」
「俺のせいですか?」
 ベッドの縁へと座るユーリを視線で追いながら、訊ねるコンラートの声は楽しそうだ。
「そう、あんたのせい。寝る前にするキスじゃないだろ」
 ユーリが睨む。睨まれた方は気にした様子もなく、楽しそうな笑顔のままで腰を屈めて視線を合わせた。ベッドの縁へと掛けられていた手が、一回り大きな手に包まれる。
「続きもしたかったんですけど、先日辛そうだったので我慢したんです」
 先日、と言われてユーリが思い出すのは初めて一緒に迎えた夜のこと。確かに翌日は腰がいたくて大変だったけれど。
「余計な気遣いだ。それよりも、眠れない責任とれよな」
「よろこんで」
 深まった笑みを見て、ユーリは最初から自分の行動を予測されていたのではないかと思った。
 まぁ、それでもいい。
 期待していたのが自分だけじゃなかったのならば、恥ずかしい思いをしてここまできた甲斐もある。
 とてもとても嬉しそうな男の首へと腕を絡めて引き寄せ、唇を重ねた。


 お互いに衣服を取り去ると、石鹸の香りがする。なんだかそれがくすぐったくて、ユーリが笑みを零した。
「楽しそうですね」
「あんたもな」
 啄ばむように口付けを繰り返しながら、コンラートの手がユーリの肌を滑る。鎖骨、胸元、脇腹、腰。擽るような、軽く撫でるだけのそれがじれったい。
「楽しいですよ。それに嬉しいですね」
「なに…が…?」
「あなたが誘ってくれたことが」
 手が大腿にも伸びた。触れて欲しい中心を避けて、手触りを確かめるように軟らかい肌を楽しむ。
「そんなつもりは…」
 無かったとも言い切れない。言葉を途切れさせ、視線を逸らすユーリの内心を読み取ってか、コンラートは喉で笑った。
 もっと確かな刺激が欲しくてこすり合せた大腿が、意識せずにコンラートの手を挟む。
「脚開いて」
 触れて欲しいでしょう?
 耳元への囁きが、劣情を誘う。羞恥に目元を染めながら、言われた通りにゆっくり脚を開く。
「ユーリ、愛してます」
「ぁ…ぁあ…っ」
 緩く頭を擡げた中心を握られる。待ち望んでいた刺激に、腰が震えた。
「ほら、声抑えないで。俺しか聞いてませんから」
「…ぁ、…ん…コンラ…っ…」
 無意識に噛んだ唇へ、コンラートの唇が触れる。慣れ親しんだ唇の感触に、いつも通り薄く唇を開いて応えると、遠慮のない舌が侵入してきた。
 舌を絡め、深く、深く。
 口付ける間にも、コンラートの手はとまらない。先端から溢れ出たものが手の動きをスムーズにし、濡れた音が静かな室内に響いた。
「ユーリ…気持ちいい?」
「んっ…ぁ、きもち…い…っ…」
 大胆なお誘いとは裏腹に、反応は初々しい。
 限界を訴えるユーリの腰が震えた。涙の滲む目元へと慰めるように唇を押し当てたコンラートは、同じように涙を滲ませたユーリの熱の先端に軽く爪を立ててやった。
「ぁ…やっ…ぁあ…!」
 間もなく、一際高い嬌声と共に、コンラートの手を白濁が汚した。


「っ…はぁ…」
「気持ちよかった?」
「ん……」
 汗で張り付いた前髪をコンラートの指が優しくかきあげる。気持ちいのだろう、ユーリが猫のように目を細めた。
 うっとりとした表情が艶かしい。
「どこでそんな顔覚えたんですか」
「なにいってんの」
 初めてのときよりは精神的に余裕があるのだろう。羞恥に肌を染めながらもユーリは積極的だ。更なる刺激を求めてコンラートの腰へと脚を絡める。
「あんまり、煽らないでください。余裕ないんで」
「あんたが言うと、嘘くさいな」
「そんなことないですよ」
 苦笑と共にコンラートがユーリの腰を引きよせた。
 密着した腹に熱を感じ、自分だけではないと分かったのだろう。ユーリが小さく頷く。
 コンラートは、絡みつく大腿を優しく撫でながらはずさせて、奥まった場所へと濡れた指を忍ばせた。
 白濁に濡れた長い指が、少しの抵抗を受けながらも侵入を果たす。
「ぁ…ん、コンラ…ッド…」
「俺も、ユーリが欲しい」
 性急に指が動く。奥へ奥へ。
 傷つけないようにと気づかないながらも、はやる気持ちが動きを乱暴にする。
「ん…、ぁん…っふ…」
「ここが、イイ?」
 指が触れる度に、高い声が上がる場所に気づいたコンラートが、耳元で囁く。
「い…っ、そこ…ぁ…きもち…い…ぁん…」
 素直な反応に、腰が疼く。
 理性が持たないな…と一人ごちて、誘うように蠢く奥から指を引き抜いた。
「すみません、ユーリ。少しだけ我慢して」
「ん…、へーき、だ…」
 もっと優しく解さなければ、慣れない行為は辛いだろう。
 押し入ってくる質量を受け入れながら、ユーリの顔が苦痛にゆがむ。
「ぁ…コン…ッド…ぁ…」
 助けを求めるようにユーリが広い背に腕を回す。
「爪、立てていいですよ」
 聞こえてはいないだろう。痛みを堪えてきつく閉じられた目元に、涙が浮かんでいた。
「い…っ、…ん…っ…く」
「愛してます、ユーリ」
 苦しめることに対する罪悪感と、受け入れられることに対する喜びと。
 背中に感じる痛みさえ愛しくて、コンラートは目を細めた。
 根元までしっかり繋がったところで、大きく息を吐く。
「ぁ…、コンラッド…」
 口付けるために上体を倒す。そんな僅かな動きにさえ反応し、ユーリの肌が粟立った。
「ユーリ…」
「ん…ぁ…、っぁ…まって…ぁあ…」
「…すみません……っ」
 額に汗が滲んだ。
 挿入時にはきつく拒むように締め付けていた場所が、今は喜んでいるかのように蠢き、コンラートの理性を崩す。
 細い腰を掴み、少し引き抜いては奥を突けば甘い悲鳴が響いた。
「ぁ、あぁ…っふ…」
 深く浅く、時折リズムを変えながら突き上げる。
 その度に組み敷かれたユーリがシーツの上で不自由な身体を踊らせた。
 一度達して触れられぬままだった欲望も、後ろへと与えられる刺激で再び頭を擡げ愉悦の涙を零している。
「ぁ…コンラ…っ…ぁ…あ……」
「もう限界?」
「…っ……も…、イき…た…っ……」
 強請るように腰が揺れる。
 限界まで張り詰めた雄を最奥に受け入れながら、ユーリは絶頂を迎えた。同時に身体の奥へと注ぎ込まれる熱。
「……ぁああっ」
「…っ、ユーリ…」
 弛緩した身体を労わるように抱きしめられ、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「…ぁ……」


 ぴたりと密着した体はべたべたで気持ち悪いはずなのに、同じように早いテンポを刻む心音が心地よかった。
「今日は言ってくださらないんですか?」
「ぁ…なに、を…?」
 銀を散らした瞳に覗きこまれ、ユーリが瞬く。
「好きだって、先日は言ってくださったでしょう?」
「……っ」
 期待の込められた視線を感じて居心地が悪い。
 逃げたいけれど、抱き込まれた体は逃げ場がなく。身じろぐと、忘れていた場所が繋がったままだということを思い出させた。
「…ぁ…、や…ちょっと…」
「言ってくださらないんですか?」
「好きだよっ。だから、離してっ…」
 同じことを問いながら、ほんの少しだけ腰が離れると、無意識に締め付けてしまった。自分の身体の、予想外の反応に戸惑うしかない。助けて欲しくて、叫ぶように好きだと言うと、コンラートが嬉しそうに抱きしめる腕に力を込めた。
 受け入れたままの熱が、質量を増した気がする。
「ぁ…コンラ…ド…?」
「貴方が可愛いからいけないんです」
 目の前の男の楽しそうな笑顔に、眉根を寄せて。
 やがて諦めるように、ユーリは目を閉じた。


 長い夜は、終わらない。


(2009.08.11)