どこが好き?2
「…わかんねぇ」
その一言に、コンラートはショックを受けた。
可愛くて仕方のない名付け子をたぶらかした自覚はある。
何も知らない彼に理由をつけて一番近くに身を置き、少しずつ少しずつ距離を詰めて捕まえた。
恋愛初心者で鈍いところのある彼も、最近では時々「好きだよ」なんて言葉をくれるようになって、浮かれていたのだが。
双黒の二人の貴人によるティータイムを終え、魔王陛下を私室へと送り届ける途中。
コンラートは、後ろから想い人の手を引いて、通りかかった自室へと引き込んだ。
「え?コンラッド…?」
突然のことに驚きながらも、魔王陛下は信頼する護衛を疑わない。
「ユーリ」
「どうした?…んっ…」
抱きしめて唇を塞ぐ。
身体が強張ったのは最初だけで、ゆっくりと愛しい人の腕が背中に回される。舌先で唇を突付くと、柔らかなそれが開かれた。
「っ…ふ、ぁ……」
角度を変えながら繰り返し唇を貪る。
キスもそれ以上も、全部教えたのは自分だとコンラートは自負している。
深い口付けに、その先の行為を思い出したのだろう。漆黒の瞳が僅かに色を含んで濡れる。
恥らうように目元を朱に染めても、嫌がる素振りを見せぬ彼を、ベッドへと促した。
「ど…したんだ…こんな昼間っから」
窓の外はまだ明るい。
繰り返した行為により与えられる快楽を知ってしまった身体は正直で。
ベッドへと腰を下ろして行儀悪く足で靴を脱ぎ捨てた彼へと、返事の代わりに再び口付けを施すと、抵抗なくその身体がベッドへと沈んだ。
服を脱がせるのももどかしく、シャツの裾をズボンから引き抜き中へと手を這わせる。しっとりと手に馴染む綺麗な肌。数度撫でただけで尖る可愛らしい胸の飾り。
「ユーリ」
「ん…、な…に…?」
自分だけのものだと告げるように、鎖骨の上の薄い皮膚を強く吸い上げる。自分だけがつけることを許された紅い印。
「ぁ…そんなとこ…んっ…」
今の季節、いつも身につけている黒衣の襟元を緩めただけで見えてしまう位置。普段ならば気をつけて避けるけれど、今日はそんな気遣う気分にはなれなかった。
いっそ見せ付けてやりたい。彼を愛する者達へ、そして彼自身へ。
「いた…っ、や…」
首筋へと歯をたてた。痛みに顰められた表情も綺麗だと思う。歯の跡がついた場所を味わうように舐めると、組み敷いた身体が小さく震えた。
「コンラッド…今日、変だ…」
受け入れる彼の負担を減らそうと、いつもならば大事に大事に彼を抱く。
愛しているから。
けれど、今日は余裕がなかった。
愛しているから。
「ユーリ、俺のこと、好き?」
ズボンの前を寛げて彼の熱を取り出す。見せ付けるように舐め挙げると、手の中で可愛らしいそれが震えた。
「ぁ…」
「ねぇ、ユーリ。言って」
無意識に逃げようとする腰を逃さぬように掴んだ。明るい中、衣服をほどんど乱さぬままに大きく脚を開かせる。こんな風に抱いたことなどない。黒い瞳が僅かに怯えていた。
「ぁ…す、き…」
本当に?
彼の熱を口に含み、奥まで銜えて追い詰める。指で舌で、何度もそうしてきたように。
「コンラ…ぁ、やっ…ぁ……」
唾液だけじゃないものを舌先に感じる。張り詰めた熱が今にも弾けそうで、艶めいた声がそれを知らせる。
けれど生まれてしまった嗜虐心がそれを許さず、追い詰めるだけ追い詰めた彼の熱から唇を離した。
「ぇ…なんで…っ…」
「イきたい?」
「…っ」
戸惑う視線を受け止めて訊ねると、視線が逃げた。
シーツを握り締めていた彼の指をゆっくりを外させると、手のひらへと舌を這わせた。さらに指の間を、細い指を…。
先ほど彼の熱へと与えたのと同じ動きで愛撫していけば、それに気づいたのだろう喉が動くのが見えた。
「ユーリ」
こちらを向いてほしくて、少しだけ強い口調で名を呼ぶ。
「俺のこと好き?」
「好き」
先ほどと同じように、当たり前のように返される返事。
けれど足りない。
「どこが、好き?」
明確ななにかを求めて、更に問いかけた。
今日のコンラッドはおかしい。
「俺のこと好き?」
「好き」
当たり前じゃないか。何度も言ってきた言葉。
数え切れないぐらいキスをして、そろそろ数えられなくなりそうなぐらい抱き合って、いつだって愛情とじれったいぐらいの優しさで接してくれたのに、今日は何かが違った。
「どこが、好き?」
中途半端に放り出された下肢が張り詰めて辛い。触れて欲しいのに、先ほどから俺の手をとって指ばかり愛撫される。
いつもならば張り詰めっぱなしの熱にするように、ねっとりといやらしい舌の動きを見せ付けられて、身体が火照った。
「も…やだ…、さわって…」
腰が揺れた。少しでも刺激が欲しくて、コンラッドの腰へと自身のそれを擦り付ける。
でも、触れてくれない。
目の前にいるのは、じれったくなるぐらいに優しく抱いてくれる恋人ではないと、ようやく悟った。
「どこが、好き?」
訊ねてくる声は、いつもの優しい睦言とは響きが違った。
「わかんな…ぁ…」
「好きじゃない?」
「ちが…、や……んっ…」
聞き覚えのある会話、余裕のない頭で思い出すのは先ほどのお茶の席。
相変わらず捕られたままの手は彼の口元。指じゃない場所を舐めてもらいたい、なんて考えてしまう自分が恥ずかしい。以前の自分ならば考えつかなかったようなことを考えてしまうようにしたのは、ほかならぬ目の前の人だ。
不意に、再び下肢へと手が伸びた。
「ぁ……」
思考が途切れそうになる。
イキたい。
待ち望んでいた刺激を期待したのは最初だけで、煽るというよりも焦らすような緩慢な動きに、余計に辛くなっただけだった。
「なん…で…」
視界が滲む。
こんなの嫌だ。
ベッドの中のコンラッドは時々いじわるだけれど、今日のはそれとは少し違った。
「ねぇ、教えてユーリ」
教えてくれないとこのままだと、言外に含ませて指が動く。
泣きたい。
ばかやろう、呟きながら目を閉じたら、堪えていた涙が零れた。
好きって言っているのに、こんなにも好きなのに。
どこが好き、なんて言えるわけないじゃないか。
いつも一緒にいてくれるところも、心配になるぐらいに女の子にモテる容姿も、銀の星を散らしたような瞳も、言わなくても色んな事に気づいてくれる優しさも、剣術の腕だけじゃない心の強さも、たまに見せる臆病な一面も、全部コンラッドだと思えば愛しい。
どこが、じゃないのだ。
何度言っても直らない、たぶん直す気もないのだろう「陛下」って呼び方さえも、本当は好きだ。ただ、名前で呼ばれるほうがもっと好きなだけで。
恋愛初心者じゃなければ、それを的確に伝えられる言葉が浮かぶのだろうか。
でも、自分にはこの気持ちを表す言葉が「分からない」。
「好き…だっ、わかれよ…、ばか…やろ…っ…」
一度零れだしたら涙が止まらなくなった。
情けないけれど、自分じゃ止められないんだから仕方がない。
しゃくりあげながら、不自由な手で原因の首へとしがみ付いた。
全部、コンラッドが悪いんだ。
「すみません、ユーリ」
意地悪な手が離れたと思うと、強い力で抱きしめられた。
驚いて顔をあげたら、ぶつかった視線の先に少し眉根を寄せたコンラッドがいて、彼にしては珍しい表情だと思ったけれど、先ほどまでよりよほどいつもの彼らしくも見えた。
「愛してます」
「も…うたがう、なっ…」
すみません、と謝る唇が近づいてきた。条件反射のように目を伏せると、優しく触れるだけのキスを何度も与えられた。
「愛してます。だから、不安なんです」
自分でも身に憶えのある気持ちだ。
いつか彼女ができたら毎日が楽しいんだろうなぁなんて想像したことがあったけれど、実際に恋人が出来てみたら幸せばかりじゃなく落ち着かない日々がやってきた。些細なことで不安になったり、逆に浮かれたり。
同じなんだと思えば、先ほどまでの無体な仕打ちも怒れなくなってしまう。
やっぱり、好きだから。
「俺、初心者なんだから手加減してくれよな…」
もう少しうまく立ち回れたらいいと思うけれど、たぶんきっと、ずっと無理だとも思う。
気持ちが落ち着いたら、中途半端なままだった自分の状態が思い出された。
「もう、意地悪すんな」
「すみません」
先ほどまでとは違う優しい動きで、大きな手が背中を撫でてくれる。
もう大丈夫。
仕切りなおすように、お互いに服を脱がせあいながら、たくさんキスをした。
(2009.08.18)