Nostalgia 3


 自分自身で思っていたよりも、自分はまだまだ青かったようだ。



 きっかけは先日の出来事。
 恋人の些細と呼ぶには些か過ぎた悪戯。
 夢を見たのだと楽しげに語った彼は、こともあろうに薬を盛ってくれた。
 昔の夢を見たら懐かしくなったから若い俺が見たかった、らしい。
 あの赤い悪魔の用意した怪しげな薬を盛られたことに多少の腹立ちはあったけれど、結局、彼が喜ぶのならばいいかと流されてしまうぐらいに愛しているのだ。
 怒りなど持続するはずもなかった。
 だから、これは別に仕返しというわけではない。
 薬入りの酒が残っていた。彼が俺の昔を懐かしむように、俺だって懐かしんだっていいではないか。
 それぐらいの単純な気持ちで、彼へと酒のグラスを渡した。
 拒否されたらそれはそれでいいかとも思ったが、先日の負い目からすぐに覚悟を決めて彼はそれを飲み干し、現在に至る。



 副作用により眠る彼の寝顔を眺めていた。
 先ほどまでよりも丸みを帯びた頬のライン。幼さの残る寝顔は愛しい、庇護欲を誘うそれだったのだが。
 目覚めゆっくりと目を開いた彼の瞳が自分を認識した途端、寝ぼけたまま柔らかい笑みの形に細められた瞳に惹きつけられた。
「…ん、コンラ…ぁ…?」
 まだぼんやりとしている彼に覆いかぶさる。
 組み敷いた身体は細く華奢だった。
「なに…ん、っ…」
 驚いたように目を見開く彼に口付けを。
 欲しいと思う気持ちを僅かな理性で捻じ伏せて、ただ優しく重ねたのは彼の外見のせいかもしれなかった。
 そして思い出す。
 欲しくて欲しくて焦がれた彼を初めて手にいれた日のことを。
 怯えさせないように逃がさないようにと、大人の余裕さを必死に取り繕いながら彼に触れた日のことを。
「コンラ…ド…」
 唇を食むと、心得たように薄く唇が開いた。
 歯列をなぞり口腔内を犯す。いつもならば喜んで受け入れる彼の積極性がみられぬことに気づき薄く目を開いて表情を窺えば、ぎゅっと羞恥に耐えるように目を閉じる姿が視界に入った。
 いつもと違うと感じるのは薬のせいなのだろうか。
 口付けを続けながらも、弱い脇腹や大腿をゆっくりと撫でる。布越しの、愛撫とも呼べぬようなその動きにさえ小さく震える身体が愛しくて。もっと直接触れたいと彼のシャツをズボンの裾から引き抜いた。
「ユーリ…」
「んっ…ぁ……」
 飲みきれぬ二人分の唾液が彼の唇を艶めかせる。
 名残惜しむように下唇を食んでから、シャツのボタンを外して大きく開いた胸元へと口付けを落とした。
「…んっ…」
 筋肉が薄くついた肌の感触。
 懐かしい、けれど慣れ親しんだそれを愉しむようにことさらゆっくりと撫で回せば、肌をほのかに色づかせながら零れる吐息が切ない。
「ユーリ、動けないよ」
 ぎゅうっと頭を抱きこまれたことに苦笑しつつ、乱暴にならぬようにそっと片腕だけ離させて、そのまま指先を絡めてシーツに縫いとめた。
 ズボンの前を寛げてやる。下着越しに触れた箇所は既に熱をもって窮屈そうだ。
 触れて欲しいはずなのに手が触れた途端に腰を引こうとする。
「今日はやけに…」
 初々しいですね、と伸び上がって耳元で囁くと、目元を朱に染めながら嫌がるように首を振る仕草に煽られて。
 奔放に、自分から求めてくる彼との情交も良いが、これはこれで腰にクル。
「ぁ…、や…っ…」
 下着の上から撫で回せば、黒い下着が濡れて色を変えていく。
「今日、ヘン…だっ…」
 演技だとも思えない様子で、戸惑い視線を揺らす彼へと、慰めるように目元にキスを。
「腰、浮かせて」
 羞恥を堪えるように握ったままだった片手が強く握られた。些かやりづらくはあるが、手を離すのが惜しいので自由な片手だけでやや乱暴にズボンと下着を剥ぎ取った。
「…これは」
 前の肌蹴たシャツのみを羽織りシーツに沈み込む姿を見下ろす。
 脳裏に一瞬だけ浮かぶ『犯罪者』の文字は飲み込んだ。
 細い身体も、朱に染まる肌も儚げで。
 数え切れない程の夜を共に過ごしてきたはずなのに、今日の彼はそんなこと知らないとでも言うように無垢だ。
「愛してるよ、ユーリ」
 低く甘く囁いて、甘い身体を味わうべく再び白い肌へと口付けを落とした。



「ぁ…あ…、コンラ…ッ……」
 獣のような姿勢をとらせた身体を後ろから突き上げる。
 奥を抉る度に悲鳴のような嬌声がユーリの唇から零れた。
「…っはぁ…」
 いつもよりも固い場所を丹念に香油で解した。それでも自身を埋め込んだ場所は狭く、けれど柔らかく、貪欲に求め絡み付いてくる。
 見下ろした身体は黒髪を振り乱しながらシーツを握り締めていた。今は見えない顔は涙でしとどに濡れているのだろう。
「ユーリ」
 見たい、と思い名を呼べば苦しい息の中で振り返ってくる。
 欲に濡れた瞳に魅入られ、無理な体勢で口付けると奥を抉ることとなり、きつく締め上げられた。
「っ…」
「あ…っ…ん、……っ」
 射精感をなんとかやりすごす。
 けれど煽られっぱなしなのだ。我慢はさほど続きそうになく、一度口淫でイカせたきり触れぬままだった彼の欲望へと手を伸ばした。
「ん…や、…ぁ…」
 半ば脱げかけたシャツから覗く背に口付けながら追い詰めてやれば、ビクビクと腰を断続的に震わせて手の中に白を吐き出す。
「…っ……」
 一緒にと誘うような締めつけに今度は抗うことなく吐精して、ゆっくりと自身を引き抜いた。 「……んっ…」
 覆い被さるようにして彼の両脇に手をついて、ぐったりとしている彼を見下ろす。
 つっぷした身体は力が入らないのだろう。
 それでも起き上がろうと力を込めるものだから、シーツを握る手が震えていた。
「ユーリ?」
 腕の間、ベッドに縫いとめられたままの狭い場所で、なんとか身を翻した彼は、向き合うようにして俺を視界に納めると幸福そうに目を細めた。
「…コンラッド」
 ゆっくりとした動きで持ち上がった両腕が俺の首に絡まる。
 すり、と甘える仕草の中にそのような意図があったのかどうか分からないが、その気にさせるには十分で。
「…ぁ……あ…っ」
 大腿の裏へと手を添えて片脚を大きく開かせると、勢いを取り戻したばかりの欲望で一気に穿った。
 先ほど放ったもので濡れたそこは突き上げるたびに淫猥な音を響かせる。
「っ…ふ…、…ぁあ……」
 二戦目があると思っていなかったらしきユーリが驚き身体を強張らせたのは最初だけだった。
 後はもう揺さぶられるままに甘い声を零し、ただただしがみ付いてくる。
 いつもより少しだけ高い声。
 腕に余る細い身体。
 成長した彼も自分に比べれば華奢だけれど、今日の彼は一段と細い。
 力加減を誤れば折れてしまいそうな腰だとか。
 身体の奥では男を銜えこんでこんなにも甘い声を零すのに、ぽろぽろと涙を零す幼さだとか。
「……みたいですね」
「…ぁ…、な…に…ぁん…っ…」
 呟きを聞かれたのだろう。問いに答える代わりに、深く自身を埋め込んで。
 一夜だけの夢のようだ。
「ひゃっ…、コンラ…ッド…、も…やっ……」
 ギリギリまで引き抜いてはまた奥へ。
 甘い身体を存分に貪って。
「…んんっ…も…っ…、ぁ…ああっ……」
 互いの腹を吐き出した白で汚しながら、痙攣する身体を抱きしめ。
 抉るように奥を突き上げたところで、自身も達して欲望を吐き出した。
 今度こそ、動けないらしいユーリを気遣いながら、身を離す。
 周りの状況だとか未熟な互いだとか。
 最初は気ばかりが急いて、ともすれば簡単に壊れてしまいそうな危うい関係だった気がする。
 手放せるはずなどないのに、諦めることに慣れすぎて傷つけることも多かった。
「愛してます」
 もう聞こえていないかもしれない言葉を囁く。
 もう一つ、大事な言葉も。
「ありがとう」

 互いが求めた結果とはいえ、変わることなく共にある今に感謝を。


2009.09.20)