Discipline 2


 行儀悪く足で軍靴を脱ぎ捨てたコンラートは、ユーリをベッドへと降ろすなり早々に覆いかぶさった。服についていた砂粒が、ぱらりと零れ落ちていく。
「人の服を脱がせる前に、まずあんたが脱げ。砂だらけのベッドで寝るなんてごめんだからな」
「なら、眠る時は俺の部屋で」
「ばーか」
 ぐったりした身体を引き摺って移動しろというのか。
 この男なら喜んで運んでくれそうだと思い至り、ユーリは質問を呑みこんだ。いくら公然の秘密とはいえ、後で何を言われるか分かったものじゃない。
 ビシッとベッドの外を指差されたコンラートは、不満を滲ませながらも言われた通りにベッドを降りた。
 もどかしそうにシャツとズボンを脱ぎ捨てる。次いで下着も。
 気が逸るからか、今更だと思っているからか、それとももともと持ち合わせていないからか、この男には羞恥心というものが欠けているんじゃないかと、半ば呆れながら眺めて。
 砂埃を落とすように髪をかきあげる仕草まで様になる。疼く胸を隠すようにしてユーリも服を脱ぎ始めた。
「俺が脱がせたかったな」
「うるさい、余裕なんてないくせに」
 自ら脱ぐことは、脱がされるよりも羞恥が少ない。
 それに、たった数日とはいえ、離れていたことを苦しく思う気持ちは同じだ。
 夜着の上を、そして少し躊躇いを見せてからズボンと一緒に下着まで足から抜き去る。見られていると感じて僅かに火照る頬の熱を自覚しながら、手を伸ばした。
「ただいま、ユーリ」
「ん、おかえり、コンラッド」
 再びベッドへと上がった男を今度こそ迎え入れて、抱き合い体温を直に感じれば、ようやく帰ってきたと感じて表情が緩む。
 挨拶のようなキスを交わした後で、コンラートの腕の中から抜け出したユーリはにっこりと笑った。

「コンラッド、動くなよ」
「え?どうしたんです?」
 意味がわからないと伸ばされてくる手を叩き落とす。
「wait!」
 待て。
 つい、そう、つい、だ。反射的に手を止めたコンラートの様子を見て、ユーリが満足げに笑う。
「今日は、俺がする」
 唇を触れ合わせて薄く開いた隙間から舌先を差し入れる。当然のように絡めようと動くコンラートから逃れてすぐに唇を離し、追いかけようとするそれを人差し指で制して。
「だから、待てって」
 やめるぞ、と脅しをかける。一歩間違えば襲いかかられることもありえるが、まだ理性が残っているらしくピタリと動きが止まった。
 いつもされるように、じっくりと焦らして。耳に、頬に、首筋に舌を這わすと、喉が大きく上下するのが見てとれてユーリの気分を盛り上げていく。
「たまには良いだろ、こういうのも」
「もう少し余裕がある時にして欲しいですね…っ」
 胸の飾りを口に含みながら喋る。歯が当たるのだろう、少しだけ息が乱れる様子を観察しながら更に舌で舐めつける。男でも感じるのだと教えられた場所。
 普段のユーリはあまり自分からこういったことをしない。しないではなく、する余裕がないというのが正しいのだが。
 髪にかかる息の荒さと熱を感じながら、いつもこんな気持ちなのかな、などと考える。普段されていることを一つずつ思い出し、そうすれば自然と自分がどうなってしまうかまで思い浮かべて更に身体が熱くなる。
 触れてもらいたいのだろうなと同じ男として分かるが敢えて焦らして。立てて開かれた膝の間にわざと大腿を押し付けた。
「ユーリ…っ」
「なに?」
「そろそろ、交代しませんか?」
「ダメ」
 広い胸のあちこちにある傷が目に留まる。一つ一つ、目移りするままに唇を寄せていくと、やがて脇腹の一番大きな傷にたどり着いた。
「いつ見ても痛々しいな」
「昔の話ですよ」
 硬く盛り上がった組織の上を殊更丁寧に舐めていく。汗の塩辛さに混じって、気のせいだと分かっていても錆びた鉄の味まで感じてしまいながら。
「そんなところ舐めても愉しくないでしょう?」
「あんただって、俺の身体中舐め回すじゃん」
「俺は愉しいからいいんですよ」
「同じだよ」
 わざと聞かせるように音を立ててキスをしてから、強く吸い上げる。唾液に僅かに濡れるだけで、変色さえしない場所から顔を上げ、ようやく放っておいた足の間へと手を伸ばした。
「どうして欲しい?」
「今日はやけに意地悪ですね」
「あんたの真似」
 すっかり勃ち上がったそれには触れずに、引き締まった大腿の付け根をゆるく撫で付ける。
「舐めて、ユーリ」
 掠れた声の懇願に気をよくして、猛る欲望へと唇を寄せた。先端をぬめりを音を立てながら舐め取ると、覚えのある苦味を舌で感じた。
「んっ……、ユー…リっ…」
「…んんっ…」
 出来るだけ深くまで口腔内へと招き入れて、苦しさに耐えながら舌を動かす。窄めるように追い上げながら、苦しさに眉が寄る。
「どうせなら、あなた、の、中で…っ」
 限界が近いのだろう。それでも余裕ぶる声は掠れて艶っぽい。引き剥がすように髪に触れる手を、銜えたまま頭を振ることで拒む。それさえも刺激になるのか、頭から外れた手がシーツを掴んだ。
 イケないようにきつく握りこんでやろうか、それとも、このまま放り出してやろうか。
 そんな物騒なことを考えながらも、煽る動きは止まらない。
「…っ…」
 一週間、溜まっていたのだろう。
「ケホっ」
「すみま…せん…」
 軽く歯を立てて、強く吸い上げて。ドクンッと勢いよく吐き出された白濁を思わず涙目になりながら受け止めて、唇を離した。独特の青臭さを放つそれを、手のひらの上へと吐き出して、口の中に残った残滓は仕方なく呑みこんだ。
「飲んで、…くれないんですか?」
「マズイもん」
 ひどいなと笑う顔が達した余韻を残して上気している。
「触れても?」
「ダメ」
 身体を起こして向かい合うように膝立ちになったユーリは、自ら足を開いてその奥へと指をしのばせた。
 先ほど放たれた白濁を助けに、硬く閉じられたそこへと自らの指を差し入れると息が詰まる。
「…んっ…」
 いつもより細い指は僅かな抵抗だけであっさりと飲み込めたが、慣れないので多少は怖い。こんなところ、他人にいじられる方がいいなんておかしい気もするが、それもこの男だけなのだと思えば仕方が無いとも思う。
 指などでは満足できない。違うものを求めて蠢く内壁を、増やした指で多少乱暴にひっかきまわす。
「…っ…は、ぁ……」
「本当にどうしたんですか、今日は」
「あんたが、我侭だから…っ…」
 指を引き抜きぬき、コンラートの腰をまたぐ。
「元気、だな」
「あなた相手ですからね」
 再び勃ち上がるそれをみて笑えば、あっさりと返された返事にこちらが恥ずかしくなる。
 コンラートへと手を添えて、ゆっくりと腰をおろしていく。自分で解したせいか馴染みきらない場所が僅かに痛みを伴って熱を迎え入れていく。
「…んっ…、っく…」
「…っ…だいじょうぶ、ですか?」
 痛くてもいい。その後におとずれるものを知っているから。
 深くまで呑みこんで、大きく息を吐き出した。繋がったところが、やけそうに熱い。
「うごくな、よ」
 ゆっくりと腰を揺らす。合わせる様にして下から突き上げようとするコンラートを咎めると、ぴたりと動きが止まった。
「ちゃんと、どっちが上か…っ、わからしとかないとね…っ…」
 怯んだのか、期待したのか、喉が鳴らすコンラートの様子を見て、ユーリが嫣然と笑む。
 そう、これは躾だ。
 鍛えられた腹筋へと手をつくことで不安定な身体を支えて、スプリングを利用しながら腰を揺らす。
「あ…あぁ…っ、…んっ……」
 気持ちいい。
 待ち望んだ熱がイイところを掠めるたびに嬌声が上がる。もっと…と、思うままに腰を揺らすユーリの目の前にはコンラート。同じように熱に浮かされながら、言いつけを守ろうとしているのだろう、ともすれば自分がイイように突き上げたい衝動を堪えるように眉根を寄せて歯を食いしばっていた。
「…あ…あ…、ん…っ…コンラ…っ…」
 気持ちいい。
 けれど、足りない。
 シーツを握り締めるコンラートの大きな手へと、ユーリは自らの手を重ねながら唇を触れ合わせた。
「も…っ、あっ…ん…やっ…」
 もういいよ、と言葉に乗せる前に二人の位置が入れ替わっていた。
「ユー、リっ…」
「あ…、やぁ……っ…ぁあ、…っふ…」
 柔らかなベッドへと身を縫いとめられた。
 理性が焼ききれたようにコンラートに激しく突き上げられ、まるで獣のようだと、途切れがちになる意識の中でそんなことを思った。
「最近のあんた、我侭すぎ」
「昔はもっと我侭になれっておっしゃったじゃないですか」
「限度ってものがあるんだよ」
 情事の後の気だるい身体をベッドに投げ出したユーリは、労わるように髪を梳く手の持ち主を睨め付けた。
「あなたに愛されてるってちゃんと知りましたからね」
 当たり前のように命まで差し出そうとするくせに、受け取ることに不慣れだった男が、いつのまにこんなにふてぶてしくなってしまったのか。
「俺が我侭になるのは、あなたに関してだけです」
 そう宣言されてしまっては、もはや返す言葉もない。
 けれど納得してしまうこともできずに不機嫌に眉を寄せたユーリを見て、コンラートはにこやかに笑った。


(2009.10.30)