姫はじめ


「今年初めてだと思うと、特別な感じがしますね」
「は?なに言ってんだよ」
 慣れた手つきで黒衣のボタンに手をかけられた。襟元のボタンを三つばかりはずされると、冷たい空気が入り込んできて背筋が震えた。
「やることはいつもと変わんねーじゃん」
「風情がないですね」
 眉を上げたコンラッドが、面白そうにおれを見た。
「風情ってなんだよ」
「じゃあ、いつもと違うことをしましょうか」
 なにがじゃあで、いつもと違うこととは何なのか。
 間近の顔はとても楽しそうな笑みを口元に浮かべていて、気になったが聞くのが少しだけ怖い。
「なに、おれにやらせてくれんの?」
 ないだろうなと思いながらの問いは、案の定嫌そうに流されて終わった。
「そうですねぇ…」
 口にしたコンラッド自身、特にやりたいことがあるわけでもないらしく考えるように視線を右上へと向ける。すぐに戻された視線は、真っ直ぐにおれを捕らえ、とても楽しそうな笑みを口元に浮かべながら、とんでもない提案をしてくれた。

「で、なんでこうなってるわけ?」
「楽しいかと思って」
 服を脱がされたまでは良かった。いつも通り。
 ベッドサイドの引き出しを開けたのも、いつも通り。
 潤滑油なんかが入っているから、特に気にしなかった。そこに何故、紐なんて入っているのかについては、後できっちり説明をさせないといけない。
 抵抗する暇もなく、両手をまとめられたと思ったら、紐で縛られた。ついでとばかりに足首にも紐が巻かれ、ベッドの足とそれぞれ結ばれて、閉じることもままならない。
「楽しいわけがない」
「俺は楽しいですよ」
 せめてもの抵抗とばかりに縛られた手で股間を隠してはみたが、余計にコンラッドの視線を意識することになるだけだった。
「恥ずかしい?」
「当たり前だろ」
 自分ばかりきっちりと服を着込みやがって。
 睨み上げても効果がなく、ならばこうしましょうと、しれっとした顔の男は再び引き出しを漁りだした。
「あんた、そこに何を入れてんだよ」
「閨に必要なものだけですよ」
 少なくともおれの十六年生きてきた辞書の中に、えっちの最中に相手を縛り付けるような紐が必要になるなんて知識はない。
「見えなければ恥ずかしくないですよ」
 言いながら、紐よりも幅の広い布を手にしたコンラッドが、これまた涼しい顔で笑う。縛られた両手を振り回してはみたが、もともと薄暗かった視界が、完全な闇に覆われるのに大して時間はかからなかった。
「この…変態っ」
「ひどいな。痕はつかないようにしてますよ。痛くないでしょう?」
 動く気配はするけれど、何をされるのか分からなくて身構える。そんな様子も全て見えているコンラッドは声を殺して笑っていた。
 ああ、ちくしょう。
 見えなくても、気配で分かる。見られている。
 質量さえ感じそうな視線に晒されて、内から点る熱を感じながらおれは奥歯をかみ締めた。
「興奮してる?」
「寒いからだろ」
 相変わらず部屋を覆う空気は冷たい。胸板を撫でられ、寒さで張り詰めていた先端を指の腹で押しつぶされ、思わず息を詰めた。
「そうですか」
 縛られた手を頭上でベッドへと押し付けられた。まるで無理やりされているような体勢。それでも、触れてくる手はよく知るものだから、胸の尖りを指先で摘まれると嫌悪ではない甘さが腰からじんわりと身体を侵食していく。
「んっ…」
「口は縛らなかったんだから、声こらえないで」
「うるさ…、あっ…」
 誘ったのはおれだけど、好き勝手されるのは納得いかないのに。最初はくすぐったいだけだった胸への刺激は、気持ちよくて。
 差し出すように背を撓らせたおれの胸をコンラッドが口に含んだ。
「ぁ、あ…」
 舌を押し付けられたところが熱い。唾液を絡めるように濡らされた場所が、唇が離れた途端に外気に触れて急速に冷えていく。けれど、すぐにまた口腔へと導かれて、その度におれは首を左右へと振った。
「…っふ、ん…っ…。も、や…」
 胸も気持ちいいけれど、もっと強い刺激が欲しい。
「した、さわ…て、っ…」
 閉じることが許されない脚の間で、触って欲しくて腰が揺れる。おれの手首を押さえつけていたコンラッドの手が外れ、期待させるように大腿を撫でた。
 冷たい手とは対照的に、おれの身体はもう熱い。
 少し手がずれるだけで望んだ場所に触れるのに、裏切るようにコンラッドの手はそこを通り過ぎて奥まった場所へ指の腹で触れた。
「……っ」
 濡らしてない指など入るはずもない。されないと頭では分かっていても、軽く押されれば少しだけ身体が竦む。
 指が離れる。そして、小さな物音。
 再度触れようとする気配にまた竦んだ身体は、潤滑剤に濡れた指を拒みきれずに奥へと受け入れた。
「ぅ…、あ…」
 入り込んだ指が我が物顔で内壁を擦る。狙ったようにイイところばかり擦られて、我慢ができないおれに向かってコンラッドは笑みを含んだ声で囁いた。
「自分でシテもいいですよ」
 それは、優しさからではない。
「……!」
 あまりの仕打ちに目隠しの下、目元が潤む。
 待ったところで触れてくれないことは経験上分かりきっていて、我慢しきれないおれは戒められたままの手を自分の下肢へと伸ばした。
「ぁ…あ、あ…っん…」
 自分の望むままに自身を擦り上げる。紐が邪魔だ。なければもっと、大きくて手を動かせたのに。シーツを蹴る脚も。自由にならない身体がじれったくて、消化しきれない熱が内に溜まる。
「大胆だね、ユーリ」
 増えた指で奥をかき混ぜられながら、からかうような言葉に返事をする余裕もない。ただ、内に溜まり続ける熱を吐き出したくて。溢れ出る先走りに助けられながら、おれは必死に手を動かす。
「…っあ、も…い…っ…」
 見えない代わりのように、微かな水音がいつもより大きく聞こえる。耳からの刺激にも煽られながら、おれは自分の手の中で欲望を吐き出し、腹を白く汚した。

「ぁ…あ……」
 もともと閉じることの叶わなかった脚を、大腿に添えた手で更に開かされていた。
 おれの脚の間にいるコンラッドは、前だけを寛げただけで服をきっちりと着込んでいた。
 おればっかり。脱げと主張したのに、散々人を煽っておきながら、おれに煽られたから無理だと却下されて突き上げられた。
「コンラ…ぁ、っん…あ、あ…っ…」
 深くまで貫いたと思うと、意地悪でもするように浅い場所を擦る。
 塗り込められた潤滑油と、含まされたコンラッドの先走りと、混ざり合ったそれが注挿のたびに卑猥な音をたてていた。
「ユー、リッ…」
「も、や…ぁ…」
 溢れた涙を、目元を覆う布が吸い取っていく。頭を強く振り続けたら、布がシーツに擦れて僅かにずれた。邪魔になってさらにシーツに頭をこすり付けると、コンラッドがやっと目隠しを外してくれた。
 部屋には灯りはなく、けれど窓の外に積もった雪が月明かりを反射してほのかに明るい。
 視界を奪われたからといって怖かったわけではないけれど、それでもコンラッドの姿を直に捉えることができると身体から僅かに力が抜けた。
「あ、あ、あっ……んっ…」
 縛られたままの手足は解放してもらえず。代わりに両手を上げたらその間にコンラッドが頭を通してきた。おのずと抱きしめる形になり、それだけで安堵が広がる。
 コンラッドが動くたびに、服の布地が肌を擦る。僅かに痛みを伴うようなそれさえ、気持ちよかった。
「コンラ…ぁ、っん…あ、あ…っ…」
 もう喘いでるんだか悲鳴なんだか自分でも分からない。突き上げられるままに、過ぎた快楽に身を任せて喘ぐ。
「ぁ…い…、も、イク…っ…ぁあああ」
 深く奥を抉られ、おれは達した。ビクビクと腰が震えて、コンラッドの形がはっきり分かるぐらい締め付けながら。
 コンラッドも色っぽい声で低く呻いて、おれの腹の中が熱で満たされた。

「…っ、は…ぁ…」
 身体は高揚しているけれど、吐き出してしまったら少しだけ意識が冷静さを取り戻した。新年早々に、おれたちは何をやっているんだ。
 縛られたまま繋がっている身体では上手く動けず、身じろぐと腰を掴まれた。
「もう一度。まだ、朝には早いですよ」
 うまく結ばれているようで縛られた場所は痛くないけれど、思うように動かせない手足は疲れていた。
「次は、普通にがいい」
 どうせ止めてもされてしまうならば、せめて変態っぽくない行為がしたい。
 せめてもの妥協案に、コンラッドが嬉しそうに目を細めた。


(2010.01.02)