HotSummer
「うわっ、ぷ…」
放り出されるというほどではないが、些か乱暴に座らされたタイルの上、文句を言おうと開いた口の中に水が入ってきた。
「つめてぇ」
「涼しくなったでしょう?」
きゅっと蛇口を捻った途端に降り注いだシャワーは冷水というほどではないものの、温かさもなく。目に入ってくる水と、肌に張り付くシャツの不快感に眉根を寄せながら睨んだ先の男は、まったく悪びれた様子もなく楽しげに微笑んでいた。
「ホント、ありえねぇ。不敬罪だ」
「今は執務中じゃないでしょう、ユーリ」
いつもならば注意をしなければ直らない陛下という呼称ではなく、あえて名前を呼んでくるのも憎らしい。
真夏日が続いていて暑いと言っただけなのだ。だから、くっついてくれるなと。隙あらばと伸びてくる手を振り払うのが少し乱暴になっただけ。
それのどこが悪い、どうしてこんな目に合わされる。
「これが恋人に対する仕打ちかよ!」
「ひどいのはユーリでしょう。くっつくな、なんて」
「仕方ないだろ、あつく…暑いんだから!」
風呂上りでただでさえ暑いのに、べたべたとくっつかれてはたまらない。ついうっかり口が滑って正直に暑苦しいと漏らしたらこのザマだ。いきなり抱えられたかと思うと連行された風呂場で、頭から水をかけられるとか、本当にありえない。
喋る間も流れ続けるシャワーが全身を濡らす。もうおれは全身ずぶ濡れで、コンラッドの方も裾や袖が濡れていた。
夏とはいえ、体が冷える。ぶるりと身体が震えれば、
「温めて差し上げます」
などと図々しく言い放つ様が更に腹立たしい。
手を引かれながら起きあがると、張り付いた前髪をかきあげられた。額に押しつけられた唇が、握られた手が温かい。
ただ受け入れるのもしゃくだ。壁にかかっていたシャワーヘッドを手にとったおれは、緩んだ顔の男に向かって盛大に水を浴びせかけてやった。
「脱がせにくいですね」
「あんたがやっんだろ」
ザァザァと降りしきる水音に負けないように声を張り上げた。相変わらず身体を打つ水が冷たい。
張り付いたシャツの不快感に耐えきれず脱ごうとしたが、脱ぎにくい。面倒なので脱がせろと任せれば文句を言われた。
「シャツに透ける肌っていうのもいいものですよ」
「あんた、めんどくせーだけだろ」
中途半端にいくつかボタンが外されたところで、放り出された。掴まれた手首がそのまま狭い浴室の壁に押し付けられる。ひやりとしたタイルの温度に肌が粟だった。
「んっ…ば、っか…」
水が入らぬようにと目を閉じれば、口づけを受け入れているような形になった。腹立ちまぎれに蹴り上げようとした足が絡められ、不安定な身体が更に壁へと押しつけられた。
「っ…ん、ん…」
「これでも、十分我慢したんですよ」
「どこが、だっ…」
冬場ならば常に身を寄せてくる男もそれなりに役立つが、夏など暑いだけだ。暑いとぼやくおれとは反対にに、感覚がないんじゃないかと疑いたくなるほど常に涼しげな様子が、さらなる暑苦しさを誘う。
尚も言い募ろうと口を開けば強引な舌が潜り込む。一度始めてしまえば止まらないのは分かりきっていた。だから、避けていたのに。
「…っ、は、ぁ…」
くやしいが、気持ちいい。
条件反射のようなもので、誘われるままに舌を差し出せば、絡めとられ、吸い上げられた。見知った愛撫に、冷えていた身体に微かな熱が灯る。
口づけに意識を奪われている間にも脚を割る大腿に中心を擦りあげられ、追いつめられていく。
「さむい」
「だから、温めて差し上げると言ったでしょう」
手首が自由になる代わりに腰が引き寄せられた。布越しとはいえ密着した身体は温かく、おとずれた安心感にも似た感覚に、ほうっと溜息が漏れた。
下着とズボンを一気に引き下ろされてからは、急だった。
やや乱暴な手つきでつき入れられた指は、まとわりついたボディソープのぬめりをかりて、不自由なく内部で蠢く。
「ん、っ…ぁ…」
異物感は最初だけで、すぐに指一本では物足りなく感じる自分の身体がこの時ばかりは嫌になる。けれど、望み通り指の数が増え、欲しい刺激が与えられる頃には何も考えられず、浴室の中に声を響かせていた。
「ぁ…あ、あっ…」
「ここは、熱い」
からかいに返す言葉もでてこない。指の動きが大きくなるほどに浅く荒くなる呼吸は、指が抜け出た後も収まることがなかった。
膝裏に手が掛かり、右足を持ち上げられた。触れてくる手のひらが熱い。
指で解された場所に当たる欲望も。
「んっ…」
不安定な身体を支えるように、片腕が腰に絡んだ。与えられる衝撃に耐えようと首にしがみつく。
熱い。
中を擦られ、内蔵を押し上げられ。ガクガクと突き上げられるうちに、いつしかシャワーの音も聞こえなくなっていた。ただ、どちらともつかない荒い呼吸だけが頭に響く。
「ぁ、あ…、コンラッ…」
収まるどころか、更に激しさをます動きに、しがみつく腕の力が籠もった。
「んんっ…、んぁ…」
キスが欲しいと考えただけで、噛みつくような乱暴に唇が触れ合わされた。
つながった場所、ふれあった場所から伝わる熱が全身を巡る。
「あ、ぁ…、ふ…ぁ…」
ビクビクと下腹部が痙攣した。終わりが近い。
目の前が真っ白になった瞬間、溜まっていた熱が爆ぜた。
「っ…」
意図せず、わなないた内壁が暴れる欲望を締め付けると、熱が注ぎ込まれるのを感じた。
「っ、はぁ…」
僅かな余韻の後に下肢を解放され、ずるずるとその場にへたりこんだ。
あんなに冷えきったはずの身体が、今は熱い。
はっきりしない意識の中で、上から見下ろしてくる男を見上げると、垂れた滴が目に染みた。
「ん、…」
水よりも強い刺激に汗だと知れば、普段は汗などかかないくせにと、おかしさがこみ上げる。
「ほんと、暑苦しいよな、あんた」
「そんな俺も好きでしょう?」
再び腕の中に抱き込まれた。すっかり熱を持って汗ばむ身体が密着する。肌に張り付く布の不快感は相変わらずだというのに、微塵もそんな様子なく嬉しそうに笑う顔が憎らしい。
うまく力が込められないながらも、緩んだ頬に向かっておれは拳を振りあげた。
(2010.08.11)